明日からちゃんと嫌いになるから

あなたの好きな人

「出張……ですか?」

「そう、急なことで悪いが……来週水曜から東京の展示会の手伝いに行ってもらいたい」

週明けに、六花は所属する営業部の部長から、そんな打診を受けた。

来週水曜日から三日間、東京にある大きな展示場で医療機器の展示会が開かれる。この会社もブースを出すのだが、それは基本的に本社の人間で運営するので、スタッフを派遣しろとは言われていなかったはず。

それがなぜ、突然……?

「実は、まあ……あれなんだ。本社でウィルス性の風邪が流行ってしまっているらしく、日々の業務でさえ手一杯の状態だそうだ。各営業所から数名ずつ、急遽助っ人を派遣することとなった」

「なるほど。でも、私で大丈夫なんでしょうか?」

事務職である六花も、自社製品についてはそれなりの知識を持っているつもりだが、同業者や深い専門知識をもった来場者を相手にできる自信はない。

「君は二日目と三日目に、受付や顧客へのお茶出しの係になる予定だから安心してくれ。製品の詳しい説明が必要な接客は柴田くんが担当する」

「柴田主任も……ですか?」

泉の名前が出たことにドキリとして問いかけると、部長がどこかに視線を動かしたので振り返ってそれを追う。部長の視線の先にいたのは泉だ。六花は、声を抑えず名前を出してしまったが、気づかれなかったようで泉は忙しそうに仕事をしていた。

「柴田くんは、東京詳しいし……本社管轄下の人だからね」

確かに泉は三年間本社にいたので、おそらく知り合いも多く、同行者としてこれ以上心強い人はいない。本人にとっては迷惑だったとしても……。

現地での仕事内容を聞けば、六花が選ばれた理由もなんとなく理解できる。北陸事業所も人が余っているわけではない。だから泉を派遣するのなら、もう一人を営業職から選ぶのは難しい。事務方で新人ではない身軽な単身者は限られる。

部長は最後に小声で、六花に耳打ちをしてきた。

「行き帰りの移動くらいのものだけど、柴田くんと一緒で喜んじゃう女性はまずいからね。二人は親戚なんだって? 柴田くんにも、もう宮下さんが一緒に行くと伝えて了承を得ているから、ぜひ引き受けてほしい」

てっきり泉は嫌がるだろうと思ったが……上司命令は拒否できなかったのかもしれない。

でも六花なら、余計なお喋りも気づかいもいらず、東京までの二時間半、お互い干渉せずに過ごすことができるだろう。

「……はい、私も問題ありません。お引き受けいたします」

泉がそれでいいと言ったのなら断る理由も思い浮かばず、六花は出張を受け入れた。


   §


翌週、出張当日。六花は朝に泉と金沢駅で待ち合わせをし、東京に向かうこととなった。

二人のやりとりは変わらずショートメッセージだ。泉が一方的に新幹線の出発時刻に合わせ改札で、と指定してきたので、六花は「わかりました」と返し、たった一往復でやりとりは終わっている。

六花ははじめての出張だったこともあり、約束の十五分も前に待ち合わせ場所に到着してしまった。意外なことに六花が到着したとき、泉はすでにそこで待っていた。

「……お待たせしました」

「いや……むしろ早いよ。コーヒーでも買ってからいく?」

問われ、六花は首を振る。たぶん泉は、近くにあるカフェでコーヒーを買って、車内に持ち込もうという提案をしているのだろう。時間にゆとりはあるし、確かにそれくらいがちょうどいい。でも六花は荷物とコーヒー、両方を持って歩く自信がなかった。

「私は先に、ホームに向かっていますね」

お互い干渉し合わないことが、一番平和なありかただ。待ち合わせしたばかりだったが、六花は別行動の断りをいれ、その場から離れようとした。しかし泉がこちらを観察するようにじっと見つめてくるから、その場に縫い止められてしまう。

「……荷物、多いな。貸して」
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