明日からちゃんと嫌いになるから
映画の話題はもうやめようと、正樹が話を変えてきてくれた。六花は東京ではまったく観光ができなかったことを話して、用意していたお土産の菓子を渡す。

その流れで六花は、気になっていたことを尋ねてみた。

「そう言えば……正樹さんは水曜の夜、誰と一緒だったんですか?」

妹さんですか? と続けようとしたことで、正樹がぱっと表情を変えた。

「え……? 出張に行かれていたのでは?」

声がかすれていた。目を見開いて、それから動揺したのを隠すように視線をさまよわせはじめる。今、出張に行ってきた話をしたばかりなのに……六花の言葉が嘘であったかのような言い方に聞こえた。

「はい。私は出張で東京にいました。……それで、ホテルから電話をしたんです。あなたの番号に」

「……それは気づきませんでした。失礼いたしました」

「女の人が出ました」

あれは妹ではなかったのだと、そう確信を持った六花ははっきりと正樹に伝える。

彼は観念したようにその場で頭を下げはじめる。その必死さは、二人が最初から対等な立場ではなかったかのようで、六花を戸惑わせた。

「六花さん、申し訳ありません。……実はその日私は、ある女性と別れ話をしていました。今日までにけじめをつけてきたつもりです」

ああ、そういうことか……と、納得しつつもどこか冷めたような気分にさせられた。

妹だといいなと思っていたが、密かにこういう想定もしていた。

六花は「けじめをつけてきた」という言葉を、そのまま信じることができない。

正樹が恋人とどこで話していたのかは知らないが、六花が電話をかけたほんの一瞬だけ偶然にも正樹が席を外していた程度なら、相手は電話を取らなかったはずだ。

正樹がスマホを置いたままある程度戻ってこない確信があり、声を発しても聞こえない状態だったはず。……たとえばシャワー中だったとか……。想像すると、なんだか気分が悪くなった。

「……その方は、納得されていないのでは? それに正樹さんの気持ちも……まだその人にあるのでは?」

「お見合い前に清算できていなかったこと、それは謝罪いたします。言い訳をさせてもらえるのなら……あの日伝えた通り、六花さんのほうから縁談を断ってくると思っていたんです。ただ、こんな私でもいいとおっしゃってくださるのなら、今後あなたに誠実でいることを誓います」

「どうしてそこまで? 私の都合で断れば角は立ちませんよね? 正樹さんが望むならそうします」

「本当に困るんです!」

「いずれ、理事長になりたいから?」

「私自身の出世欲だけで済むような、そんな簡単な問題ではありません。私の両親もすでにその気になってしまって……」

「もしかして、ご実家の病院がなにか関係していますか?」

見合いの席で、誰よりも熱心だったのは正樹の父親だった。昨今は経営が厳しく問題を抱えている病院も多いと聞く。そして、一般企業のように医療法人が他の医療法人と合併することがある。

六花の問いかけに、正樹が小さく頷いたので彼側の事情については一応理解した。けれども気になることがもうひとつある。

「父はそれも含めて、この話をまとめようとしたのでしょうか?」

「いいえ。理事長先生にとっては、私の実家の病院など豆粒のような存在です。そこまで深く気にしていらっしゃらないでしょう。ですが私の両親はこれで命拾いしたと感じているようです」

「そうですか……」

父が病院同士の都合での完全な政略結婚という意味で、六花に縁談を勧めてきたわけではないとわかって、それだけは救いだった。でも……。

好きな人には別に好きな人がいて、結婚相手になるはずの人にも別に好きな人がいる……。じゃあ、六花のことを好きになってくれる人はいったいどこにいるのだろう?

愛されない自分は、まるで欠陥品のようだ。

(なんか……、もう全部どうでもいいや)
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