明日からちゃんと嫌いになるから
「だって、彼がだめだったら次の人は? もっと悪い人かもしれないじゃない」

「あれも十分悪い人だ。……相手を庇うのはやめてくれ。どうかしてる」

「庇ってるんじゃない。私が自分で決めたことだから。……わからない? 私は解放されたいんだよ。結婚したらきっと今より自由になる。余計なプレッシャーもない。お父さんとお義母さんだって似たようなものだし……」

父の望み。泉の望み。……どちらも、六花の結婚だ。父とはいずれ病院を継げる人と結婚するという約束もしていた。

「だめだ。義父さんと母さんとは違う。二人とも亡くなった人を偲んで遠慮しているだけで、まっとうな夫婦だ。だから、まったく違う。……六花、結婚はやめにしよう。あんな相手じゃ幸せになんかなれっこない。絶対だ。お前の結婚相手に相応しいのは、お前のことを誰より大事にしてくれる男だろう? お前は幸せにならなきゃいけないんだ。……こんなことをさせるために、俺は宮下を出たわけじゃない」

普段言葉数の少ない泉が、六花の肩に触れ、言い聞かせるよう、教えるようにひとつひとつ言葉を紡いでくる。

「大事にしてくれる人なんていないよ。……本当に、どこにもいなかった」

もし六花が、目の前にいるこの人以外を好きになれるのなら、別の道もあったかもしれない。

でも、いなかった。悩み、考えたけれど……そういう人はいなかった。

「それは、ただ見えてないだけだ」

わかったように言う泉は、残酷だ。

「だったら、いっちゃんが見えるようにしてよ」

見えないのは泉のせいなのに、ずいぶん無茶なことを言う。

「六花……頼むから……」

なんの衝動だったのか、泉は六花の身体を引き寄せてきた。すっぽり包み込んできた腕は、たのもしくて縋りつきたくなる。

「……そこまで言うなら代わってよ。いっちゃんが私と結婚してよ」

無理だとわかっているのに、どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。予想通り、一度密着した身体はあっさり離されてしまう。

そして……泉はまるで泣き出しそうな困り顔で言った。

「それはできない。どうしたってできないんだ」

わかっていたのに……それでも胸は痛む。どうして自分はここまで彼を諦められないのか。どうせなら不幸を願ってくれたらいいのに、彼は六花の幸せを願っていると言う。彼の考えていることは、もうずっとわからないままだ。

「義兄妹だと世間体が悪いから? ……それとも私のこと、憎たらしく思ってるから?」

少しでもその心を知りたくて、必死に問いかける。

「違う。俺は……もう、随分前に一度選択してるんだ」

「……義父さんのあとを継げる医師で、六花のことを大事にしてくれる男。……それが義父さんが求めている、六花に相応しい結婚相手だ。なにひとつ不自由なく、苦労なく、家族皆に祝福される完璧な相手。義父さんはそんな男なら娘を安心して任せられると考えていた」

「……それはわかってる」

なにも父は古い考えだけで、医師との結婚を勧めていたわけではない。医療法人の理事長は基本的に医師でないとなれない。身内にあとを任せられる医師がいなければ、父が退いたあとは院内での派閥の争いがはじまる可能性がある。

安定的な病院の経営は、六花やそのうちできるかもしれない次の世代に残せる大きな財産と考えていたはずだ。絶対ではなくとも、できれば医師がいいという考えは、六花も理解している。

でもその話を今、泉が持ち出してきた理由がわからない。

六花が見つめると、彼はためらうように瞳をさまよわせた。そうして、自分の罪を告白するように言う。
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