明日からちゃんと嫌いになるから
「義父さんの中で、たぶん俺がお前の最初の夫候補だった。……それに気づいた俺は、自分の意志でその候補から降りたんだ」

最初は意味がわからなくて、ただ目を見開いていた。じっくり、ゆっくり、その意味を考える。

「…………だからいっちゃんは、医師になる夢を捨てたの?」

大事な進路が決まる試験で、泉がわざと失敗したのだと気づいたとき、はじめは彼がただ医師になりたくなかったからだと解釈していた。でもあとになって、彼が幼い頃から医師を目指していたのだと知った。ではなぜ、たった一度の失敗であっさり夢を捨ててしまったのだろう? その疑問が今、解明されたのだ。

「そっか。私の知らないところで……」

泉の人生の岐路は十八歳のとき。六花はまだ中学生だった。泉はその時点で、医師になったら六花の将来をまるごと押しつけられると思い、回避するためだけに夢まで捨てた。

「私がいなかったら、いっちゃんはお医者さんになれたの……?」

「お前がいなかったら、きっと俺はあのまま母さんとアパートで暮らしながら、医大進学なんて夢のまた夢だと諦めていた。結局は自分で選んだ道なんだよ。ただ……あのとき俺は、後戻りができない選択をした。どんなに後悔しても取り戻すことができないものを、手放してしまった」

「いっちゃんだったら、お父さんの援助がなくとも、きっと夢を叶えてたよ」

後悔しても取り戻すことができない。確かにそのとおりだ。

それでも六花はできることなら、十七年前に戻りたいと思った。新しいお母さんとお兄ちゃんがほしいなんて、そんな願いは取り消してしまいたい。それができないのなら、中学生の頃に戻って、泉に「大嫌いになった」と言いたい。二人の仲が悪ければ、父だってずっと先のことまで泉に押しつけはしなかっただろうから。

「まさか、いっちゃんが結婚しないのも、私のせい……?」

「……俺が六花を傷つけたことはわかっていたから。せめて幸せになる姿を見届けたかった」

「私が結婚すれば、いっちゃんは汐見さんと結婚する気になれたの?」

「いや、汐見とはもう終わった話だ。やり直すことはない」

泉だけでなく、凛子の人生も知らず知らずに振り回してしまった。どうしてこんなことになってしまったのか……。

知らなかった、は罪だ。その罪の重さに押しつぶされそうになる。

「みんな嫌い。……いっちゃんも、お父さんも大嫌い。……私の幸せを勝手に決めないで。大嫌い」

「六花……許してくれ」

本当は、何度だって謝らなければいけないのは自分のほうだ。でも六花はわざと彼を責めた。

「私にも意志がある。自分のことは自分で決めるから、いっちゃんのいうことはもう聞かない。……お父さんに余計なことを言ったら、許さないから……」

はっきりそう伝えても、泉は納得していなそうだった。それでも泉のほうから「また話し合おう」といったん終わりにしてきた。どうも、六花の顔色が悪かったせいらしい。

元来過保護な兄である泉は、眠る準備をした六花がベッドに入るところまで見届けてから、ようやく出ていってくれた。 
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