SWAN航空幸せ行きスピンオフ!〜雷のち晴れ〜

希空

 視界は土砂降りの雨で、まるで白いカーテンが天から降りてきているようだ。
 数メートルくらいしか視界を確保できない。希空はインカムに必死に耳を澄ます。

 「空がすげえことになってる」

 リーダーの声がインカムから入ってきて、希空は思わず空を見上げた。

 黒と茶を混ぜ込んだ灰色の空は、紫の光で時折切り裂かれる。
 光ったと思うと地響きがするほどの大音響。イヤーマフを少しだけずらしただけで、鼓膜が破れるのかと思えるほどだ。その中に単機ではないエンジン音が聞こえる。

 リーダーの言った通り、東京国際空港に着陸予定だった飛行機が上空に押し寄せてきているのだ。
 多分衝突しないよう各自、色々な方角と高さで旋回を繰り返しているのだろう。けれど音からすると。いつも以上の混雑であることは間違いない。

 希空は改めて決意する。

 「早く、捌かなくちゃ」

 これだけ大渋滞していると、着陸した飛行機が全て搭乗ゲートに付けられるわけではない。

 希空達グラハンスタッフはタラップ車を飛行機の搭乗口に接続する者、遠方の飛行機から建屋に搭乗客を輸送するバスを運転する者と多忙を極めた。希空は、空になった飛行機を駐機スペースにプッシュする仕事だ。

 隙間ができた所に着陸を求める飛行機が降りてくる。希空達はそのたびに駆り出されて、搭乗客や荷物を運び客室内清掃を行う。汚水処理をしながら、給水や充電を行う。

 必死に働いている間も雷鳴が轟く。広い空間で屋根もない所で、体感ではほぼ真上に落ちてくる雷はとても怖かった。

 けれど着陸許可を求めている飛行機は後から後からやってくる。恐ろしいことに広大な空港の空き地がどんどん埋まっていく。そしてとうとう命令がインカムの中に響いた。

 「総員退避! 全てのグラハンメンバーは現在の離着陸支援作業を中止して、建屋に退避せよ!」

  地上作業中止命令が下されたとき、希空はちょうどプッシュし終えた。
 しかし希空はメンバーの中で一番遠くにいる。フルスロットルを試みるもトーイングカの最高速度は、速い機種でも時速30キロ程度。空港内の牽引作業用の車なので、安全を最優先して低速で運行するからだ。特に希空が運転している機種は時速六キロに制限されている。
 アクセルを踏み続けるなどと愚は犯さないが、希空はそうとう焦っていたし、怯えてもいた。

 「これは……、走ったほうが速いんでは」

 近くに落ちたので青ざめた希空は震えながら呟く。

「でも」
 
 思い直した。
 待機解除された時に、トーイングカーがなければ飛行機を移動させれない。誰かに車を運転してもらっては、その人の作業がそれだけ遅れる。希空はゴクリと喉を鳴らした。

 「落ちませんように」

 それだけ祈りながら車を操作した。
 幸いなことに、希空は雷の直撃を受けることなく、グラハンスタッフの詰め所へ戻ることができた。
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