キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 空に飛んだ、シャボン玉が割れた。

 5歳くらいの女の子が、お父さんお母さんに見守られながら飛ばしていたシャボン玉だった。カラフルな遊具が子供たちを迎える公園。笑い声と活発な靴音――いとけないさざめきが、風に乗ってこちらまで届く。

 秋めいた風の、涼やかさが頬を撫でる。水色の空から降り注ぐ透き通ったきらめきが、街路樹の葉擦れを伝って落ちてくる。

 石畳が吸い込んだおひさまの温み、スニーカーの靴底で感じながら、昼下がりの歩道を歩く。如月くんの手には、秋の野菜で重たくなったエコバッグ。今夜のメニューはきのこの炊き込みご飯と、鶏肉とれんこんの煮物。

 何でもない秋の、穏やかな休日。如月くんも私もラフな格好で、スーパーへ食材を買いに出た。

 マンションとの距離は徒歩3分。
 だけど、昼下がりの陽気に誘われて――ほんの少し遠回り。

 並木が美しい住宅街を歩いて、如月くんと、とりとめのない話をする。

「わあ、猫だ。……おいでおいで」

 邸宅の影から現れた、まだら模様の猫に手を伸ばした。

 だけど、つん、とそっぽを向かれて逃げられた。

「振られちゃった……」

 肩を落とせば、如月くんがくすっと笑う。ふわふわの髪を透かして、秋の日差しが柔らかくきらめく。

「猫、好きなんですか」

「わりと好き」

「なら、今度猫カフェにでも行きますか?」

 ――うん、と頷くのを少し迷った。如月くんと過ごす日々に、慣れすぎているような気がして。

「今度……、行けたら」

 如月くんのほうを見ずに答えて、一歩、心持ち大きく踏み出した。

「そうだ、来週。アパートの内見に行くの」

 私たちのあいだには、ひとが一人分の距離。

 彼を振り返って、明るい声で言う。

「部屋が決まったら、早めに出て行くね。長いこと居候させてもらって、ごめんね」

 私たちの関係はルームメイト。

 だから――彼と過ごす今に、慣れすぎちゃいけない。
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