キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
「それで、父なんですけど」

 うん、と如月くんから眼差しを外して相槌を打った。心臓が変にどきどきしていて、落ち着かない。

「再来週で退院になるんです。それで、自宅に戻るんですけど……落ち着いたら婚約者を連れて来いってしつこくて。なので、すごく申し訳ないんですが、今度、俺の実家に来てもらえませんか?」

 うん、うん――と動揺したままかろうじて相槌を打っていた私は、

「……えっ!?」

 如月くんの言葉を遅れて理解して、素っ頓狂な声を上げる。

「あ、嫌なら断ってください。無理にお願いするつもりはないです」

 あくまで控えめな物言いで、如月くんがそう続けた。

 私は眼差しを揺らめかせながら、歯切れの悪い口調で答える。

「嫌じゃ、ないけど……」

 嫌じゃないけど――でも、連れて行くのは私でいいの? だって、本物の婚約者じゃないのに。

 それを問いかけようとして、何故だか言葉に詰まってしまった。その間合いを、どう解釈したのだろう。

「もちろん、その日限りの話です。ほとぼりが冷めたら、それらしい理由をつけて別れたって言うので」

 如月くんが、淡白な声で言い添えた。その途端、風船の空気が抜けるみたいに、しゅうっと気持ちが萎んでゆく。

 どくん、と低く胸が鳴る。

「……うん、もちろん。それなら大丈夫だよ」

 大丈夫――いったい何が?

 自分が言葉にした“大丈夫”の定義を確認しないまま、如月くんとのあいだで会話が成立した。

 私は何を了承したことになった?

 いずれ別れたことにするなら大丈夫だよ。――それとも。

 私たちの関係が“ちゃんと”愛じゃないなら、大丈夫だよ。
< 29 / 47 >

この作品をシェア

pagetop