キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 まだら模様の猫に振られた翌日――週明けの月曜日。

 午後、客先での打ち合わせからオフィスへ戻ると、部署の空気がひどく緊迫していた。訝しみながらデスクに戻ると、部長のデスクの前で翔太が――宮西さんが、血の気を失って泣きそうな顔をしていた。

 宮西さんと向き合う部長は、腕を組んで、見たことがないほどに険しい顔をしている。その横で、宮西さんが所属する1課の課長が、どこかへ電話をかけている。途切れ途切れに聞こえてくる内容からすると、クライアントへの謝罪の電話みたいだ。

「……何。どうしたの」

 声をひそめて、隣のデスクの後輩に尋ねる。神妙な顔をしていた彼女は、囁き声で事情を教えてくれた。

「スピラ・スタイル様の案件で……宮西さんが、クライアントを馬鹿にしたそうです」

 ――はあ? と声が出そうになるのを慌てて押し留めた。さらに詳しく教えてくれた後輩によると、水を使った空間にしたいと希望するクライアントへ、宮西さんが言い放ったらしい。――「こんな予算で、水槽なんて置けると思ってんですか?」

 嘘でしょ、と絶句した。確かに――確かに、翔太は率直すぎる物言いをすることが度々あったけど。

 クライアントを侮るような発言をするなんて、営業としてけっして許されない。何やってんの、と歯痒く思ったところで、後輩がさらなる衝撃を落とした。

「それで……スピラ・スタイル様が、うちに依頼した全案件を引き上げるって」

 それを聞いた瞬間、言葉の一切を失った。スピラ・スタイル様は、うちの会社にとって、東雲リゾート様に次ぐ大口のクライアントだ。

 言葉を失ったまま、デスクに座った。ノートパソコンを立ち上げて、案件の検索画面をひらく。

「問題になってるのは、どの案件?」

「湘南の、フレンチレストランの新築です」

 画面に表示されたスピラ・スタイル様の案件一覧から、該当と思われる案件を見つけた。詳細画面をひらいて、クライアントの要望を読む。――水底を思わせるような幻想的な空間。できれば、大きな水槽をレストランの中心に置きたい。

 要望と、その隣に記載されている予算を見比べる。確かに、大きな水槽をフロアに配置するには予算が厳しい。

 だけど――、

「提案があります」

 部長に向かって、挙手をした。石を投げ込まれた水面みたいに、緊迫した空間が波立つ。
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