キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~
 部門全員から視線を向けられれば、流石に緊張してしまう。それでも、可能な限り声のトーンを落ち着けて、はっきりと言葉を発す。

「スピラ・スタイル様のご要望において、水槽の配置は絶対条件じゃありません」

 できれば水槽を置きたい。ヒアリングシートには、そういう書き方がされている。それなら、クライアントが本当に求めているのは水槽じゃない。

 だから、と私は前を見据えて続ける。

天窓(トップライト)から外光を取り込む、閉鎖的な空間を提案します」

 そう発言した途端、周囲が一斉に怪訝な顔をした。天窓を設置しながら閉鎖的――私の発言は確かに矛盾している。

 でも、その反応はちゃんと予定通りだ。

「壁の窓は、海向きの一面だけ。その他の壁はグレー系にして、照明には、冷たさを感じさせる白色のライトを間接照明として使います」

 冷ややかな印象の空間に、天窓から明るい光が降らせて、光の揺らめきを演出する。ガラスと照明の反射を水に見立てて、観葉植物を水草のように配置して、

「空間全体を、水底にします」

 言い切ると、部内がしんと静まり返った。プレゼンは失敗に終わったかと身構えた。

 だけど、次の途端に部門全体がわあっと沸き立つ。

「設計部門に連絡! 匂坂さんの案をイメージ図に起こしてもらって!」

 部長の言葉を皮切りに、みんなが忙しなく動き出す。

 そうして慌ただしく迎えた夕方。出来上がったイメージ図とお詫びの品の羊羹を持って、スピラ・スタイル様を訪ねた部長と課長が戻ってきた。

 スピラ・スタイル様が、うちに依頼した全案件を引き上げるという話はなくなった。拍手喝采の渦の中で、私はほっと息を吐いた。
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