キスは契約違反です!! ~年下御曹司と期間限定ルームシェア~

*エピローグ*

 ちゅ、と不意にくちびるが触れた。私のくちびるを奪った彼は、悪戯っぽく微笑んでいる。

「――ちょっと、リップが落ちちゃうよ」

 抗議の声を上げるけれど、

「綺麗だったから、つい」

 と、如月くんは悪びれない。艶めきが移った自分のくちびるを親指で拭いながら、

「今日もすごく綺麗です」

 なんて、私をおだてる。

 もう――と怒ったポーズを取って、リップを塗り直す。上品に見える色を選んだつもりだけど、ちゃんと合ってるかな。

 鏡の中の自分を見直して、――うん、きっと大丈夫と頷いて、バニティポーチを閉じた。

「行きましょうか」

 と、如月くんが私を促す。今日の彼は、比較的カジュアルなスーツ姿だ。

 対して私は、ペールヴァイオレットの長袖ワンピース。髪はまとめて、パールのアクセサリーで上品さと華やかさを足した。

 マンションの地下にある駐車場から、如月くんの運転で出発する。すると、出発したばかりのところで、スマホにメッセージの着信があった。

 メッセージをひらいてみて、思わず目を見ひらく。

「どうしました?」

「あ、うん。結衣がね、」

 ――お姉ちゃんを裏切った最低男、捨ててやったから。

 そんなメッセージを送ってきた。

 ささやかな雪解けの気配に、私の表情は少しだけ和らぐ。この進展も全部、如月くんのおかげだと思ったから。 

「如月くん、ありがとう」

 お礼を言ったら、返事まで少しの間合いがあった。

「お礼を言われるようなことはしてませんけど……ひとつだけ」

 運転席から、短い一瞥を向けられる。

「如月くん、は終わりにしてもらえませんか」

 穏やかな声に、ほんの少しの不服。その声音の意味合いに気づいて、私はちいさく息を吸う。
 とくん、と響いた心音のあと。

「うん、――壮矢くん」

 少しだけ緊張して彼の名前を呼べば、笑みの気配が私まで届く。

 冬の予感をひそませた街へ、透明なきらめきが降りそそぐ。

 風の清々しさを感じるこの日に、私は本物の婚約者として、壮矢くんのご両親に会いに行く。
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