Happily ever after
「応援してくれた祖母に応えたかったし、自分の将来の選択肢を増やすためにも、必死に勉強しました。進路を決めるのに予想以上に時間がかかったけど、学部のうちにやりたいことが見つかって、奨学金を借りながらだけど大学院にも行けました。仕事も希望する職種に就けたし、今の生活に満足しています。貯金ほぼ無し、生活ギリギリでもね」
久しぶりに過去を振り返ると、我ながらよく頑張ったと思う。
性別を理由に悔しい思いをしたのは、大学に入ってからもだった。
女子が自分しかいないクラスでは、セクハラや嫌がらせを受けたことがあった。
大学時代の元カレに、可愛げが無いと言われた挙句に浮気されて捨てられた。
大学院進学が決まった途端に実家と絶縁することになった。
数えきれないほど悔し涙を流して、怒りを爆発させて学生時代を乗り切った。
だが、悪い記憶ばかりではない。
花凛以外の幼なじみが一緒に上京していたので、苦しい時には励まし合い、支え合ってきた。
研究を通して、生涯の付き合いとなる友人とも出会えた。
尊敬出来る先輩や教授にも巡り会えた。
嫌な思い出はあるが、それ以上に良い思い出の方がはるかに多い。
「……俺、そんな風に何かに一生懸命打ち込んだことって無いんです。平凡な人間だから、毎日ただ生きるだけで精一杯で。だから片瀬さんのこと、心から尊敬します」
山崎の言葉はいつになく朴訥で、シンプルだった。
世の中にはもっと気の利いた言葉を撚り出せる男がいることを、優子は経験として知っている。
ただ、どんなに洒落たことを言う人よりも、口下手でも心から敬意を持って接してくれる人の方が価値があるということも知っていた。
すっかり緩くなったはずのカフェオレが暖かく感じたのは、体温が上がりきっているからか。
不意に、優子はもっと山崎のことを知りたくなった。
「またこうしてお茶したいので、誘っても良いですか?」
「ええ、もちろん!来週の土曜日はご都合いかがですか?もしくは金曜日の夜」
「あ、ちょっと待ってください」
まさか返す刀で了承されるとは思っていなかったので、優子は慌ててスケジュールアプリを開いた。
金曜日も土曜日も空いているには空いている。
が、土曜日は夜に真奈佳が泊まりに来る予定だ。
家の掃除や晩ごはん作りに費やす時間を想定したら、夕方には帰宅しておきたい。
「金曜日の方が嬉しいです」
「じゃあ金曜日で!場所はどこが良いですか?俺休みなんで、片瀬さんが行きやすいところにしましょう」
「実は職場が日本橋なんです。この辺りなら仕事終わってすぐに行けるので、また銀座でも良いですか?」
「もちろんです」
屈託なく笑う山崎を見て、優子は顔を綻ばせた。
来週、また楽しみが出来た。