おやすみなさい、いい夢を。


八月に入ると、学校は夏休みに入った。
来年にはもう受験。
きっとこれが、高校生活で最後の夏休みになる。

「時間があるうちに、志望校や学部をよく検討するように」
終業式の日、担任の先生はそう言っていた。

……だから私は、いくつかの大学のオープンキャンパスに足を運んだ。
理学部化学科。工学部知能工学科。
校舎の雰囲気や研究室の説明を聞いても、どこかピンと来なかった。

夏の午後、汗ばむ腕で配布資料を抱えながら、
何度も「自分に何ができるんだろう」と考えた。

そしてある日、ふと立ち寄った大学のパンフレットの表紙に目が留まった。

「医学部 医学科 ―― いのちを学ぶ学問」

その文字を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
初めて会った日、少し息苦しそうにしていた理緒に、
優しく声をかける日向さんの姿が、ふと脳裏に浮かんだ。

(……人を助けるって、どんな気持ちなんだろう)

医学なんて、自分とは遠い世界だと思っていた。
でも――
もし、あの人みたいに誰かの支えになれるなら。

そう思った瞬間、
パンフレットを握る手に、自然と力が入っていた。

「……やっぱり、医学部……気になるな……」

誰に聞かせるでもない独り言が、
蒸し暑い空気の中に、静かに溶けていった。


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