あの町の言葉、この町のわたし

最終話 あの町の言葉、この町のわたし

桜が舞い散る四月。菜月は二年生になっていた。

「菜月ちゃん、新入生の案内お願いね」

お茶部の部長の麻美先輩(今は四年生)が声をかけてきた。

「はい、任せてください」

菜月は一年生の女の子を部室に案内していた。

「えーっと、ここがお茶部の部室やて」

「『やて』?」新入生が首をかしげた。

「あ、ごめんなさい。福井の方言で、『です』という意味です」

「可愛い言い方ですね」

「ありがとうございます」

菜月は笑顔で答えた。もう方言を恥じることはない。

◆部室で◆

「あ、菜月ちゃん!」

さくらが駆け寄ってきた。さくらも二年生になり、すっかり明るさを取り戻していた。

「さくらちゃん、お疲れさま」

「新入生の子、可愛いですね」

「そっけやの」

二人は笑い合った。さくらはもう、菜月への恋心を乗り越えていた。時々まだ胸が痛むこともあるけれど、大切な友達でいられることに幸せを感じている。

「あ、そうそう」さくらが言った。

「実は私、彼氏ができました」

「ほんまに?!」

「うん、他学部の人なんだけど」

「良かった、さくらちゃん!」

菜月は心から喜んだ。

「菜月先輩と圭介先輩を見てて、私も恋愛頑張ろうって思ったんです」

「ありがとう」

「でもね」さくらが少し照れながら言った。

「菜月先輩のことは、やっぱり特別だと思ってます」

「私も、さくらちゃんのこと大好きやて」

二人は抱き合った。

◆バイト先のサニーテーブルで◆

夕方、菜月はいつものようにバイトに出ていた。

「いらっしゃいませ!」

元気な声で客を迎える。もう方言で失敗することも少なくなった。標準語と福井弁、うまく使い分けられるようになっていた。

「菜月ちゃん、5番テーブル、圭介先輩よ」

佳乃がにやりと笑いながら言った。

「え?また来たがけ?」

菜月が振り返ると、圭介が座っていた。

「こんにちは、菜月さん」

「圭介先輩、今日は京都から来てくれたがですか?」

「はい、菜月さんの顔が見たくて」

周りのお客さんが微笑ましそうに見ている。

「ご注文は?」

「いつものオムライスを」

「かしこまりました」

菜月が厨房に注文を通すと、田村店長が笑っていた。

「菜月ちゃん、彼氏また来たの?」

「はい、遠距離やけど、よう来てくれるがです」

「いい彼氏じゃない」

「ほやの」

菜月は幸せそうに笑った。

◆休憩時間、店の外で◆

「お疲れさまです」

圭介が待っていてくれた。

「圭介先輩、いつもありがとうございます」

「いえ、会いに来るのが楽しみなんです」

二人は並んで歩いた。

「あのね、圭介先輩」

「はい?」

「私、最近気づいたことがあるがやて」

「何ですか?」

「方言と標準語、両方使えるようになって、世界が広がった気がするがよ」

「素晴らしいですね」

「標準語で話すと、色んな人と話せる。でも、福井弁で話すと、故郷とのつながりを感じられる」

圭介が菜月の手を握った。

「菜月さんは本当に成長しましたね」

「圭介先輩のおかげやて」

「いえ、菜月さん自身の力です」


「あれ?菜月?」

後ろから聞き覚えのある声。

振り返ると、悠真が立っていた。

「悠真!どうしてここに?」

「仕事の研修で東京に来たがよ。ちょうど菜月のバイト先の近くやったから」

「そうなんけ!」

圭介が悠真に挨拶した。

「お久しぶりです、悠真さん」

「ああ、圭介さん。お久しぶりです」

二人は握手した。少し気まずい雰囲気。

「あの、二人とも…」菜月が慌てた。

「大丈夫です」圭介が笑った。「悠真さんとはライバルじゃなく、菜月さんを大切に思う者同士ですから」

「そうやな」悠真も笑った。「俺、もう吹っ切れたし」

「ほんまに?」菜月が心配そうに聞いた。

「おう。実は俺も、地元で気になる子ができたがよ」

「ほんまに?!」

「うん。だから、菜月も幸せになってくれ」

悠真の笑顔は、もう寂しくなかった。

「ありがとう、悠真」

三人で少し話をした後、悠真は去っていった。

「良かったですね」圭介が言った。

「うん」

菜月は安心した。悠真も前に進んでいる。

◆夜、一人の部屋で◆

未来がいなくなって、もうすぐ一年。部屋は今でも一人部屋のままだった。

携帯を見ると、未来からメッセージが来ていた。

『菜月ちゃん、元気?私、来月東京に戻ることになったよ。また会えるね』

菜月は飛び上がって喜んだ。

「ほんまに?!」

すぐに電話をかけた。

「もしもし、未来ちゃん?」

「菜月ちゃん、久しぶり」

「ほんまに東京に戻ってくるがけ?」

「うん、家族の事情が解決して。大学にも復学できることになったの」

「嬉しいやて!」

「私も嬉しい。菜月ちゃんに会えるの、楽しみ」

「私も!」

「あのね、菜月ちゃん」

「うん?」

「私、もう大丈夫だから」

「え?」

「菜月ちゃんへの気持ち、ちゃんと整理できた。これからは本当の意味で友達でいられる」

「未来ちゃん…」

「だから、安心して。変に気を遣わないでね」

「ありがとう、未来ちゃん」

電話を切った後、菜月は涙が止まらなかった。

嬉しい涙だった。

◆翌週、未来との再会◆

駅のホームで、菜月は未来を待っていた。圭介とさくらも一緒だ。

「来た!」

未来が大きな荷物を持って降りてきた。

「未来ちゃん!」

「菜月ちゃん!」

二人は抱き合った。

「会いたかったやて」

「私も」

未来が圭介に挨拶した。

「圭介さん、お久しぶりです」

「お帰りなさい、未来さん」

「菜月ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「はい、必ず幸せにします」

さくらも未来に近づいた。

「未来さん、お帰りなさい」

「さくらちゃん、久しぶり。元気そうね」

「はい、おかげさまで」

二人は意味深な笑顔を交わした。同じ想いを抱えていた者同士、分かり合えるものがある。

◆カフェで四人で◆

「じゃあ、乾杯!」

四人でジュースで乾杯した。

「未来ちゃんが戻ってきて、本当に嬉しいやて」

「私も嬉しい」

「それで、これからどうするの?」圭介が聞いた。

「大学に復学して、また勉強頑張る。それから…」

未来が菜月を見た。

「また菜月ちゃんのルームメイトになりたいんだけど」

「ほんまに?!」

「うん、ダメ?」

「ダメなわけないやて!嬉しい!」

さくらが笑った。

「良かったですね、菜月先輩」

「うん、めっちゃ嬉しいやて」

◆その時、予想外の展開◆

カフェのテレビで、福井のニュースが流れていた。

「え?これ、おばあちゃんの店?」

画面には、菜月のおばあちゃんの和菓子店が映っていた。

『福井の伝統和菓子を守り続ける老舗』というタイトル。

「おばあちゃん、テレビに出とる!」

菜月は慌てて携帯を取り出した。

「もしもし、お母さん?おばあちゃん、テレビに…」

「見たけ?すごいやろ?」

母の声が興奮していた。

「おばあちゃん、全国ネットのニュースに出たがよ」

「ほんまに?」

「うん。菜月が東京のお茶部で福井の和菓子を広めてくれたおかげで、取材が来たがやって」

「私のおかげ?」

「そうや。菜月が頑張ってくれたおかげや」

菜月の目に涙が浮かんだ。

「お母さん…」

「菜月、ありがとうな」

電話を切った後、みんなが拍手してくれた。

「すごいじゃない、菜月ちゃん」未来が言った。

「菜月さんの努力が実ったんですね」圭介が微笑んだ。

「菜月先輩、かっこいいです」さくらが目を輝かせた。

「みんな、ありがとう」

菜月は幸せで涙が止まらなかった。

◆夕方、圭介と二人で◆

「菜月さん、今日は本当に良い日でしたね」

「うん、嬉しすぎて信じられんやて」

二人は夕日を見ながら歩いていた。

「あのね、圭介先輩」

「はい?」

「私、一年前は方言がコンプレックスやったがやけど、今は誇りに思えるようになった」

「素晴らしいですね」

「それも、圭介先輩や、みんなのおかげやて」

圭介が立ち止まって、菜月の顔を見た。

「菜月さん、愛してます」

「私も、愛してます」

二人は抱き合った。

「これからも、ずっと一緒にいてください」

「もちろんやて」

菜月が笑った。

「あ、また方言が」

「いいんです。菜月さんの方言、大好きですから」

◆その夜、寮の部屋で◆

「ただいま」

「お帰り」

未来が温かいお茶を入れてくれた。

「未来ちゃんが戻ってきて、本当に嬉しいやて」

「私も。やっぱりこの部屋が一番落ち着く」

二人は並んでベッドに座った。

「ねえ、菜月ちゃん」

「うん?」

「菜月ちゃんと過ごした一年間、私の宝物だよ」

「私も」

「これからまた、一緒に色んなこと経験しようね」

「うん」

二人は笑い合った。

◆数日後、お茶部での出来事◆

「みなさん、発表があります」

麻美部長が言った。

「来月、全国お茶会コンクールがあります。うちの部も出場することになりました」

「ほんまですか?」菜月が目を輝かせた。

「はい。そして、菜月ちゃんに代表を務めてもらいたいんです」

「え?私が?」

「あなたが一番ふさわしいわ。福井の伝統も知っているし、お茶の心も理解している」

「でも…」

「大丈夫やて」さくらが励ました。

「みんなでサポートするから」

◆コンクール当日◆

会場には全国から大学のお茶部が集まっていた。

「緊張するやて」

「大丈夫ですよ、菜月さん」

圭介が応援に来てくれていた。悠真も、未来も、佳乃も、田村店長も。

そして驚いたことに、母とおばあちゃんも福井から来てくれていた。

「お母さん、おばあちゃん!」

「菜月、頑張りや」

「応援しとるで」

菜月の目に涙が浮かんだ。

◆お点前の実演◆

菜月は静かにお茶を点て始めた。

おばあちゃんに教わった通りの美しい動作。

そして、審査員にお茶を差し出す時、自然に言葉が出た。

「どうぞ、召し上がってくださいの」

福井弁が出てしまった。しまった、と思った瞬間。

審査員が微笑んだ。

「温かい言葉ですね。どちらの方言ですか?」

「福井です」

「素晴らしい。お茶の心と、故郷への愛が伝わってきます」

菜月は安心して、続きを披露した。

◆結果発表◆

「優秀賞、東京◯◯大学」

会場に拍手が響いた。

「やったやて!」

菜月は飛び上がって喜んだ。

みんなが駆け寄ってきた。

「おめでとう、菜月ちゃん!」

「すごいやん、菜月!」

「よくやったな」

みんなの笑顔に囲まれて、菜月は幸せで涙が止まらなかった。

◆夜、打ち上げパーティーで◆

「菜月、本当におめでとう」

母が涙を流しながら抱きしめてくれた。

「お母さん、来てくれてありがとう」

「菜月の晴れ姿、見られて嬉しかったわ」

おばあちゃんも近づいてきた。

「菜月、よう頑張ったの」

「おばあちゃんのおかげやて」

「いいや、菜月の努力や」

圭介が菜月の隣に来た。

「お母様、おばあ様、菜月さんをお借りしてよろしいですか?」

「ええよ」母が笑った。

「大切にしてやってくださいね」

「はい、必ず」

◆会場の外、夜景の見える場所で◆

「菜月さん」

「はい」

「今日、改めて思いました」

「何を?」

「菜月さんは、本当に素晴らしい人だと」

圭介が菜月の手を取った。

「方言も、故郷への愛も、全部が菜月さんの魅力です」

「圭介先輩…」

「これからも、ずっと一緒にいてください」

「はい」

二人は抱き合った。

その時、後ろで拍手が聞こえた。

振り返ると、さくら、未来、悠真、佳乃、みんなが笑顔で見ていた。

「お似合いやん」悠真が笑った。

「幸せになってね」未来が微笑んだ。

「ずっと応援してます」さくらが涙を拭いた。

菜月は恥ずかしくて、でも嬉しくて、また泣いてしまった。


数ヶ月後。菜月は故郷の海岸に立っていた。

圭介が隣にいる。

「懐かしいですね」

「うん、この場所、悠真とよう来たがよ」

「良い場所ですね」

「圭介先輩、ありがとう」

「何がですか?」

「私の方言を、故郷を、全部大切にしてくれて」

「当たり前です。それが菜月さんですから」

二人は手を繋いで、波打ち際を歩いた。

「あのね、圭介先輩」

「はい」

「私、気づいたがやて」

「何を?」

「『あの町の言葉』と『この町のわたし』、両方を持つことができるって」

「素晴らしい気づきですね」

「故郷の言葉を話しても、東京のわたしは消えない。東京で標準語を話しても、故郷のわたしは消えない」

圭介が菜月を抱きしめた。

「菜月さんは、両方を持つ、素敵な人です」

「ありがとう」

夕日が二人を優しく照らしていた。

菜月は思った。

これまで色々なことがあった。

方言で失敗したり、誤解されたり、恋愛で悩んだり。

でも、全部が自分を成長させてくれた。

そして、大切な人たちに出会えた。

圭介先輩、さくら、未来、悠真、佳乃、お茶部のみんな、バイト先のみんな。

そして、いつも応援してくれる家族。

「みんな、ありがとう」

小さくつぶやいた。

「これからも、自分らしく生きていく」

「方言も、故郷も、東京も、全部大切にしながら」

圭介が菜月の頬にキスをした。

「愛してます、菜月さん」

「私も、愛してます」

二人は笑い合った。

そして、新しい明日へ向かって歩き出した。


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