隠れ許嫁は最終バスで求婚される

「懐中電灯だけじゃないぞ。非常食に飲料水、事故で動けなくなった時の予備電源に救急箱、防寒具にもなる寝袋に毛布。一晩二晩くらいなら問題ない」
「なんだか昔を思い出すね」
「お盆の肝試し大会のこと?」
「お兄ちゃんだけ懐中電灯持参しててお化け役の大人を逆に驚かせていたじゃない」

 こんな風に、とあたしが懐中電灯を顎に乗せればお兄ちゃんもクスクス笑う。

「あったねえ。モネちゃんも『いっき兄ちゃんがお化けになっちゃったぁ~!』ってギャン泣きしたっけ」
「泣いてないもん」
「いんや、泣いてた。だからお化けじゃないよって抱きしめてよしよししてあげたじゃないか。お化けは透明で冷たいからモネちゃんをぎゅーできないんだよって」
「恥ずかしいこと思い出させないでよぉ!」

 二十年近く前の話だ。まだ自然公園が整備される前で、黒戸のじいさんが生きてて、この山を切り売りする前のこと。当時五歳だったあたしは十歳のいっきお兄ちゃんを追いかけまわしては困らせていたものだ。近所の子どもたちのなかではいちばん年下だったあたしの面倒をいちばんみてくれたのも隣に住んでいたお兄ちゃんだった。
 あたしが思い出しているのと同じように、お兄ちゃんも感慨深そうに「んだんだ」と頷いている。

「あの頃のモネちゃんは可愛かったなぁ」
「悪かったわねいまのあたしは可愛くなくて」

 それだから同棲中の彼氏に裏切られて終バスに乗って寝過ごしてこんなことになってるんです、とふて腐れた表情でお兄ちゃんを見れば、制服姿のお兄ちゃんが慌てて言い返す。
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