隠れ許嫁は最終バスで求婚される
「いまだって充分可愛いよ。だから放っておけないんじゃないか」
「ほんとう?」
「こうして再会できるとは思わなかったなぁ……桧林の家、いま誰も住んでないし」
「おばさんに聞いたの? そうだよ」
あたしの実家は三年前から誰も住んでいない。五年前に父が亡くなった後に母が施設に入ったからだ。あたしが高校を卒業してから大学の寮で生活していたこともあり、もともと身体の弱い母は入退院を繰り返したことに負い目を持って施設に入ることを選んだのである。将来的には売るかもしれない家の持ち主は母のままだが、いまはお隣の黒戸さんが定期的に部屋の空気を入れ替えたり草むしりの業者を入れたりしてくれている。無人とはいえそれほど荒れていないのはお兄ちゃんのお母さんのおかげだ。休みの日に実家に行くと、黒戸のおばさんに挨拶するのが当たり前なのだが、あたしが気にかけていたお兄ちゃんの行方は教えてくれなかった。上京して就職してそれっきりみたいなことは言っていたけれど……。
「お兄ちゃんこそなんでバスの運転手なんてしてるの」
「お袋から聞いてない? 親父のこと」
「聞いてないよ、前に実家戻ったのお正月だったから」
「そっかー、じゃあ知らないのも仕方ないわな。春に脳梗塞で倒れちゃったんだよ」
さらっと説明されてあたしは言葉を詰まらせる。幸い、一命は取り留めたらしいが後遺症があるため介護が必要になり、お兄ちゃんも呼び戻されたのだそう。それまでは長距離トラックのドライバーとして日中夜車を走らせていたのだという。日本全国の道路を走っていたというのを聞いて、そりゃあおばさんが説明に困るわけだと納得する。