君と始める最後の恋
 先輩との2人きりの時間なんてほとんど無いから少し居心地が悪い。普段話すのが好きな私が何も言えずに居ると、そんな沈黙を先輩が意外にも破る。


「最近頑張ってるみたいじゃん。」


 思わぬ労いの言葉に少し驚いたが、自分では納得いっていなくて素直に受け取ることができなかった。


「…はい。私なりに一ノ瀬先輩に言われた事を理解しようとしてみたんです。でも、全然上手くできなくて。」


 苦笑いしてこのやりきれない気持ちを思わず零してしまう。指導係の先輩にこんな愚痴を吐くなんて情けないと分かっているけど、誰かに聞いてほしかったのだと思う。

 一ノ瀬先輩は相槌を打つでもなく、ただ黙って私の話を聞いている。相変わらずその表情は無表情で何を考えているかわからない。


「…何か最低限も上手くこなせないなんて、私この仕事やってけるんですかね。」

「…入って1ヶ月もしない新入社員が生意気なんじゃない?」

「え?」

「君、そんな要領良い方でもなければ物分かり良い方でもない。本当にやる気と根性だけ。」

「…今、私褒められてます?貶されてます?」

「すぐに上手くやるなんて無理だよ。君は不満かもしれないけど、俺は自分で先輩から知識を奪っていく方法しか知らないから、君には最低限の知識を与えながらやらせる方法でしか教えられない。」


 後々相談したら、こんな風にケアしてくれるんだこの先輩。相談したというか、ぶつけてしまったの方が感覚としては近いけど、意外な一面を知れてしまった。

 最初が面倒臭いって言ってただけに分からなかったけど、実は凄く面倒見がいいのかもしれない。知識を奪っていく方法しか知らないと言いながら、きちんと教えてくれる所は教えてくれていたし、それに、言ってることがすごく的確で優しい。


「向いてる向いてないを判断するの早すぎるでしょ。というか、他の新卒よりも色々行かせて、やらせてあげてるんだから早くできるようになってよ。」


 そう言いながら立ち上がり、休憩室を出て行こうとする背に「先輩、色々ありがとうございます」と声を掛けた。私の声に少しだけ振り返って目線だけをやると、またドアの方に向いて出て行ってしまう。

 意外な一面を知って、前よりも一ノ瀬先輩が尊敬出来る先輩に感じた。
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