俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う

プロローグ SIDE 翔

『東京(とうきょう)タワー、RAJ263、離陸準備は完了しています』
『RAJ263、東京タワー……』

 離陸前の手続きを進めながら、航空管制官の指示を受ける。
 操縦桿は隣に座る機長が握り、無線でのやりとりは副機長である俺の担当だ。

『いってらっしゃい』
『……いってきます』

 最後に加えられた〝いってらっしゃい〟のひと言に、温かな気持ちになる。顔は見えなくとも、相手の細やかな気遣いを感じた。
 同じように返した俺を、隣に座る機長がフッと笑ったのには気づかないふりをしておく。

 無事に離陸をし、高度が三百フィートに達したところで自動操縦に切り替える。そのタイミングで、機長が話しかけてきた。

「さっきの管制官、たぶん例のあの子だろ? 真由香(まゆか)ちゃん。椎名(しいな)も知ってるか?」

 彼女と親しいのかというほど馴れ馴れしい呼び方に、密かに眉をひそめる。ついでに、〝例の〟といかにも彼女が有名であるかのような表現も気に食わなかった。

 機長の言う通り、応答した管制官は来栖(くるす)真由香だろうと確信している。短時間の声だけのやりとりでそう断定できてしまう自分に、内心で苦笑した。

 一部の同僚の間では名を知られた女性管制官で、本人の知らないところで〝真由香ちゃん〟と呼んでいるらしい。機長もそれにつられた、もしくはわざと倣ったのだろう。

 俺が反応を返していないのも気にせず、彼はさらに続けた。

「彼女みたいな気遣い屋な女の子は、よく仲間内で話題にあがるんだよなあ。ほら、整備の(もも)ちゃんとかグランドスタッフの美優(みゆ)ちゃんとか。俺は真由香ちゃん推しかな。あの〝いってらっしゃい〟っていうやつ。別のパターンもあるらしいし」

 まだまだ男の多い職場で、異性の話題はそれなりに出る。この機長は年下のパイロットたちとの関係づくりのために、そういう話に乗る人だった。
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