俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
「食事は、冷蔵庫に入れてあるから。洗濯物は帰ったらまとめて洗っておくから、かごに入れておいて」
「ああ」
「あとは、大丈夫かな」

 今日は遅番のため出勤するまでに余裕があり、ある程度の家事を片づけられた。
 私はこれからマンションを出るが、翔さんの出勤は午後になる。

 靴を履き終えて、背後を振り返った。

「ありがとう」

 ふわりと私を抱きしめた翔さんが、耳もとでささやく。

「四日間家を空けるが、なにかあったらいつでも連絡してくれ」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
「ああ、がんばって」

 彼に見送られて、マンションを後にする。吹き抜けた冷たい風にぶるっと体を震わせて、肩にかけた鞄の持ち手を強く握った。
名残惜しさを振りきって歩き始めた私の左手には、彼とおそろいのリングが輝いている。

 私が結婚に同意したその日のうちに、翔さんに急かされるようにして婚姻届を提出した。それから二週間が経つが、ふたりの関係は職場でももう隠していない。

 結婚に至るまでの経緯を明かすのは、さすがに梓であっても戸惑われる。結局ふたりの馴れ初めは、カフェでの遭遇をきっかけに密かに交際を始めたと話した。

 翔さんの周辺では、結婚相手が私だと判明して若干騒がしくなったという。
 女性陣の反応が怖かったが、以前から彼がさんざん職場で惚気ていたようですぐに受け入れられたらしい。

 美人で有名なあの牧村さんに言い寄られても、翔さんはまったく揺らがなかった。
 その冷淡で女性に興味など微塵もなさそうな彼が、他人の目を気にせずデレデレになるくらいだ。ふたりは割って入る隙なんてないほど相思相愛なのだろう、というのがパイロットやCA、グランドスタッフらの間での認識らしい。

 それはいったい誰の話だと尋ねたいところだけど、関わらない方が身のためだ。逆に根掘り葉掘り聞かれかねない。つくづく、管制塔から出ないという職場環境に感謝している。
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