俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
「ここからだと、そのまま羽田に降りるのがベストだろう」

 出火している左に傾きがちになる機体を、なんとか平衡に保ちながら機長が判断する。 

 手順に従ってすべての項目のチェックを終え、空港管制官にエマージェンシー宣言を行った。

『RAJ34、アプローチです。どうぞ』

 くしくも、応えたのが真由香だと瞬時に気づいた。
 向こうも俺だとわかっているはず。

 非常事態には訓練でも実体験でも慣れている彼女だが、さすがに交信している相手が身内となれば勝手が違うのだろう。いつもの冷静さをわずかに欠き、注意して聞くと声が震えているのがわかる。

 機長と共に、この飛行機に乗る124人全員の無事を必ず守る。だから、真由香には冷静に誘導して安心して見守っていてほしい。

 ここで彼女を落ち着かせられるのは、俺しかいないだろう。
 交信の合間に私的なメッセージを挟んだ俺を、機長が横目で見ているのを感じた。が、彼も相手が俺の妻だと察したようで、咎めはしなかった。

「奥さんのためにも、娘のためにも。予定通りに帰らないといけないな」

 重苦しい空気を変えるように、明るい口調で機長が言う。

「当然です。全員無事に降ろしますよ」

 機長が優秀なことはもちろん。CAの中にはこれまでに数回一緒になった、ベテランの信頼できる女性がいる。彼女なら、的確に指示を出して迅速な対応をしてくれるはずだ。

 ここには、信じられる仲間がそろっている。
 そして、この機体を誘導するのは絶対の信頼を寄せる真由香をはじめとする管制官たち。

 ピンチの状況にありながら、不思議と大丈夫だと思えた。



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