俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 驚いたことに、彼女は業務を円滑に行えるように搭乗訓練をもう一度受けたいと自ら希望したという。担当したのは他社だったようだが、そこは横のつながりで話は聞こえてきた。

 俺が彼女と面と向かって顔を合わせたのは、訓練のときのみ。あとは、たまに帰宅する姿や同僚と連れ立って空港内のカフェにいるところを目撃したくらいだ。

 仕事を離れて気心の知れた同僚といる真由香は、表情がころころと変わる。しっかり者の彼女の屈託のない様子がかわいくて、目が離せなくなる。

 後にして思えば、きっかけはひと目惚れだったのだろう。
 彼女の仕事に対するひたむきな姿に好感を持ち、その後に目にしたプライベートで見せる明るい表情に異性として強く意識した。

 彼女に、そばにいてほしい。

 そんなふうに考えるのは、牧村によってすっかり疲弊していたからかもしれない。
 一時の感情だろうと、とくに動きだすつもりはなかった。

 けれど一度抱いたそんな望みは、消えるどころか日に日に強くなっていく。自分の気持ちに戸惑いながらも、無線のやりとりでかけられた『おかえりなさい』という彼女のひと言に、この感情に流されるのも悪くないと思えた。

 ただ、ふたりの間にはあまりにも接点がなかった。これでは踏み込むタイミングもない。

 うつうつとしていたその頃。業務を終えて帰宅しようとしていた俺の前に、真由香と同僚が連れ立って歩いているのを見つけた。
 彼女たちは、そろっていつものカフェに入っていく。

 今を逃したら、声をかける機会は二度とないかもしれない。そんなふうに感じて俺も入店したところ、図らずもふたりの背後の席に案内された。

 盗み聞きをするようで心苦しくて、背を向けて席に着く。
 意図的ではないし、見つかったときは声をかけるきっかけにすればいいと、しばらくその場にとどまっていた。
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