俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う

不穏な噂

「あっ、真由香。ねえねえ聞いた？」

　背後から梓に呼び止められ、足を止めて振り返る。

「なにが？」

　久しぶりに勤務時間が重なり、ふたりとも今日はこれで帰宅するところだ。

「椎名さんの話」

　ギクリと体を強張らせると、梓が「ああ」と気まずそうな顔をした。

「本当にごめんね、真由香。椎名さんに許してもらえたのよね？」

　ふたりで話していたときに翔さんに遭遇したのは、もう一カ月ほど前になる。
　あれから梓は顔を合わせるたびに謝ってくれるけれど、そもそも彼を話題に出したのは私の方だ。彼女はなにも悪くない。

「大丈夫だって。だから、もう謝らなくていいから」

　彼女を安心させたくて、できるだけ軽い口調で返す。

「わかったわ。でね、その椎名さんだけど……このままカフェで話す？」

　長くなりそうなのか。それとも、積もり積もった愚痴でもあるのか。おそらくその両方なのだろうと察する。
　いつもなら快く付き合うところだが、今日は翔さんが食事を用意してくれているから早く帰りたいと思ってしまった。

「ごめん、梓。ちょっと用があって」
「そっか、残念。じゃあ、途中まで話しながら帰ろ？」

　それなら大丈夫だとうなずき、そろって歩きだす。彼女になにも詮索されなかったことに、密かにほっとしていた。

「なんでも椎名さん、結婚したらしいの」
「そうなの？」

　唐突な切り出しに、内心でドキリとする。
　少し前に彼が流した噂は、ようやく管制塔まで届いた。驚いているふりは、上手くできているだろうか。