俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
「聞くところによれば、指輪もしているみたい。食事の誘いを断るときとか、妻が待っているのでなんて言っているのを聞いた人もいるようだから、本当じゃないかな」

「なかなか具体的だね」

 裏事情を知っている、というかガッツリ巻き込まれているだけになんて答えていいのか困ってしまう。

「なんでも、あの生真面目そうな椎名さんが周囲に惚気話をしているって。そんな姿、まったく想像できない」
「……たしかに」

 以前の私なら、即同意していただろう。

 でも素の翔さんを知ったら、惚気くらい軽々と言ってのけそうだと思う。やっぱり彼なら、相手などいなくても既婚を仄めかすお芝居くらいできたんじゃないかと疑いそうになる。

 どんな惚気話をしているのか。私からは聞く勇気がない。

「椎名さんを狙ってる人って、多いじゃない? CAにグランドスタッフに。もう大騒ぎみたいよ」
「うわぁ」

 そこまでなのかと、微妙な気分だ。梓はあきれているようで、わかりやすく顔をしかめた。

「相手は誰なのか、探り合いが激化しているって」

 なにそれ、怖っ。

 偽装とはいえ、絶対に相手は自分だとバレてはいけない。私たちのことが知られたら、彼のファンに私はどうされてしまうんだろうかと悪寒が走る。

 翔さんとの関係は、口が裂けても絶対に言えない。もちろん梓にも。

「じゃあ、私はこっちだから。またね」

 梓と別れて、翔さんのマンションに向かうために逆方向の電車に乗り直した。


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