俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 ジャケットこそ脱いでいるが、スーツを着た彼はいかにも仕事ができる人といった雰囲気で本当に素敵だ。パイロットの制服に身を包むとさらにカッコよくなるのも、数年前に訓練で見て知っている。

「どうかしたか?」
「い、いいえ。べつに」

 あまりに凝視しすぎていたせいで、怪訝な顔をされる。
 慌てて視線を逸らし、お茶で喉を潤した。

「そういえば同僚が、翔さんが結婚したらしいって話していましたよ」

 計画は上手くいっているようだと話すと、翔さんは満足そうな顔をした。

「ああ。ようやくそっちまで知れ渡ったか。こっちは職場でいろいろと詮索されている」

 大変そうだなと思わず顔をしかめつつ、〝ようやくそっちまで〟とはどういう意味かと内心で首を傾げた。

「同僚相手には、妻のすばらしさを語っている。料理上手で気遣い屋で。彼女が髪を乾かしてくれる時間が至福の……」
「ちょ、ちょっと」

 その〝妻〟とは紛れもなく私のことだ。

「か、髪を乾かした話まで⁉」
「そうだが」

 堂々と肯定されて、片手で目もとを覆った。

 たしかに最初に乾かしてあげたのをきっかけに、すでに数回やってあげている。
 でもあれは、意外とずぼらな一面のある翔さんが風邪をひかないように心配して、つい手をだしただけ。任務のようなもので、甘い触れ合いではない。

「翔さんが、ちゃんと乾かさないから」
「俺の体調を気にかけてくれたんだろ? こんなにも妻に気遣われて、俺は幸せ者だな」

 彼が周囲に漏らした惚気話のひとつが、まさかこの話題だったとは。

「女性から声をかけられる機会がほとんどなくなって、本当に助かっているよ」
「……そ、そうですか」

 それはよかった。でも当事者としては、まさかの惚気話に恥ずかしさで悶絶しそうだ。

 この生活が世間に露呈したらと、想像するだけで怖い。彼に気のある女性陣からは、嫉妬や妬みの目を向けられるに違いない。

「絶対に、絶対に、相手が私だってバレないようにしないと……」
「俺の妻がこんなにかわいい女性だと自慢したいくらいなのに、残念だな」

 独り言のようなつぶやきを、しっかり拾われる。

「なっ。だめですからね。私のことは明かさない約束でしたよ! 万が一知られたら、なにされるかわかったものじゃないです」

 そう言って腕を自身に巻きつけて体を震わせた私を、翔さんがくすりと笑った。
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