クズ男の本気愛



 会社近くにある中華料理屋の一番奥の座敷は、広々としていて宴会にちょうどいい場所だった。現に、他部署の新年会や忘年会、誰かの送別会などで多く利用されているようだが、私たちは初めてのお店だ。

 仕事を切り上げた私は、一人で薫さんに教えてもらったお店まで歩いて移動していた。(敦美は元々用事があって不参加らしい)霧島くんはまだ少し仕事が残っていそうだったので、一緒に移動したそうな顔をしている彼をおいて、とりあえず先に店に足を踏み入れ店員に案内されながら辿り着くと、薫さんが笑顔で駆け寄ってきた。

「あー璃子さん!」

「あ、薫さん……」

「まだあんまり人が集まり切ってないの。璃子さんは早く来られてよかったわ。璃子さんはこっち側に座ってー!」

 案外にこにこで案内されたのでなんとなくほっとしながら、薫さんに言われるがまま席に座る。一番壁際の端っこの席だった。私が座ったのを確認すると、薫さんはすぐに違う同僚の元へ行ってしまい、私はぽつんと残される。明るい彼女はすっかり同僚たちに馴染んでいるようだ。

「会場も広いし結構人数来るんだろうなあ。まあ、歓迎会みたいなものだもんね」

 新入社員が入ったりすると歓迎会は開くが、出向で来た人に開いたことはない。と、いうかあまり出向で来る人がいなかったので、みんなどうしていいか分からなかったんだろうな。自分で人を集めて飲み会を開いちゃうなんて、薫さんはコミュ力が高い。

 暇なのでメニューを手にして時間を潰していると、隣に誰かが座ったのがわかった。もしかして霧島くんかな、と思って顔を上げが、予想外の人がいて停止する。

「よっ。お前は何飲むの?」

 大輔がそう言って笑った。

「……えっ……な、何で大輔が……」

 当然のように座っている大輔に声が裏返る。だって、彼は部署が違うのになぜ参加しているのだ。

 大輔はおしぼりで手を拭きながら言う。

「いやー今回は違う部署の奴らも呼んで、みんなで楽しく飲みましょーって感じなんだよ。聞いてない? 薫はすぐ仲いいやつとかできるタイプだからさあ。まあたまには部署を越えて飲むのもいいよな」

「……そ、そう」

 全くそんなことを聞いてなかった。大輔が来ると知っていれば参加を見送ったかもしれない。私は気まずく思って目を逸らしていると、大輔が覗き込んでくる。

「あーごめんごめん、また薫を褒めたみたいになって妬いた? そんな拗ねるなって」

「いやそうじゃないって。そういうこと言うのやめて」

「はいはい、とりあえず一度飲みながらゆっくり話そう? 璃子アルコール好きだったよな。お、飲み放題種類結構あるじゃん?」

「……私ちょっと、あっちの同僚がいる席に」

 立ち上がろうとすると、大輔に強く手首を掴まれて痛みに顔を歪める。大輔は真剣な目で私を見た。

「いいから座ってろって」

 少し前まで付き合っていた相手だというのに、手首を握られただけでぞっとするほど恐ろしく思った。大輔が何を考えているのかまるでわからないし、これだけ私に執着する意味も分からない。

 こうなったら、今は交際相手がいると言うしかない。

「あ、あのね、私は今もう付き合ってる人が――」

 言いかけた時、少し会場内が賑やかになった気がして言葉を止めた。入口を見てみると、霧島くんが到着したのだ。

「あ、霧島くん! 来てくれてありがとー」

 薫さんがそう彼に言うも、霧島くんはあまり聞いていないように周りをきょろきょろ見ている。そして私とばちっと目が合ったかと思うと、途端に目を据わらせた。

「霧島くんの席はこっち側ね。私の――」

「俺はあっちに座ります」

 霧島くんはそう言うと、ずんずんとこちらに歩いてくる。そして私たちの目の前に立つと、にっこり笑った。

「こんばんは。霧島です。えーと、宇野さん、でしたっけー?」

「え? ああそうですけど……」

「そこ、俺が座ってもいいですか?」

「え? いや、もう座っちゃってるんで」

「そうですか。んーとじゃあ」

 霧島くんは近くにセットしてあったグラスや箸を手に取ると、席として用意されていないテーブルの角にそれらを置いた。そして狭い端にどすんと座り、私を見る。

「俺、先輩の隣」

 霧島くんが来てくれたことで、心の底からほっとした自分がいた。そんな私に気づいたのか、大輔が怪訝な顔をしてこちらを見ているが、その視線から逃れるように彼には背を向ける。

「霧島くんお疲れ様。飲み放題あるって」

「えー何飲もうかなー? あ、先輩……」

 こそっと霧島くんが私に耳打ちする。

「潰れちゃだめですよ? 俺がお持ち帰りするからいいんですけど、酔った可愛いとこ他の奴らに見せちゃったら」

「りょ、量には気をつけます」

 お持ち帰りする、という言葉につい頬が熱くなってしまった。昨晩のことを思い出してしまったからだ。

 そんな私をなぜか嬉しそうに見ている霧島くんを軽く睨んでいると、明るい声が割り込んできた。

「私はこっちにするねー結構みんな揃ってきたかも! ドリンク頼もうか」

 私の正面、つまりは霧島くんの斜め隣に薫さんが座ったので、私は自分の顔が引きつるのを自覚した。

 というか、元カレと今カレに挟まれているだけで凄いのに、正面に薫さんって……。

 霧島くんは無表情で言う。

「つか増田さんはもっと中央に行ったらどうですか?」

「ううん、この辺が落ち着くのよね。霧島くん、何飲む?」

 薫さんがやけに霧島くんとの距離が近いように見えて、心がもやもやした。敦美が言っていたように、本当に霧島くんを好きになってしまったんだろうか。

「璃子先輩は何飲みます? 俺はとりあえずビールで」

「あ、じゃあ私も……」

 とりあえずみんなそれぞれドリンクを注文して、特に乾杯もなく各々賑やかに飲み始める。私はアルコールなんて飲めるような状況ではなかったが、飲まないとやってられない状況でもあったので、喉にグイっと流し込んだ。目の前では薫さんが仕事の話を霧島くんに相談していた。大輔は私とは反対の人と話していたので、一安心だ。

 ……やっぱり断ればよかったかも、この飲み会。カオスなんだよなあ……。

 私は出てきた料理を静かに食べる。こうなったら、食べて飲むしかない。
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