クズ男の本気愛
「えーと霧島さん? ですっけ。噂はこっちにも来てますよ!」

 大輔は笑顔で霧島くんに話しかけた。元々友達を増やすのが上手いタイプなので、こうしていろんな人に気軽に話しかけられるのは彼の凄いところだ。

「噂、ですか?」

「モテ男のイケメンってねー! 薫とそう並んでるとめちゃ絵になりますね。あ、こいつ俺の高校の頃からの友達なんですよ!」

「へえ、そうなんですか」

「今でも性別を超えた親友って感じです。なー薫?」

「そうそう。霧島くんは、璃子さんと高校の頃からの知り合いなんですよね?」

 大輔は驚いた顔をして私と霧島くんを見る。

「え、そうなの? あーそういやあ、そんなこと言ってたっけ。後輩に昔の知り合いがいる、って……え、でもまさかこの人だとは思わなかったわ。女かと思ってた」

「……何度も話したことあるんだけど」

 私はイラっとしたのでつい低い声で答えた。霧島くんの話題は付き合っていた頃も出したことがあるのに、本当にこの人私の話聞いてないんだなとよく分かった。

「あれそうだっけ?」

「あはは、大輔はいつも人の話忘れちゃうから。でも悪い奴じゃないんですよ……あ、璃子さんは知ってるよねえ? 大輔のいいところ」

 意味深に薫さんがこちらに尋ねてくるので、なんだか不愉快になった。一体、この人たちは何がしたいんだろう。

 ジョッキを握って返事をせずにいると、霧島くんが突然私の手を握ってきたのでぎょっとした。テーブルの下とはいえ、すぐ隣に大輔もいるというのに。

 ちらりと霧島くんを見てみると、彼は飄々としている。

「というか、増田さん他のテーブルも行ったらどうですか? 親睦を深める会なんでしょ」

「んーでも、霧島くんともっとたくさん話したくて……だめ?」

 首を傾け、霧島くんを見上げるようにそう言った。だが彼は何も表情を変えない。

「だめでしょ。だって会の目的は親睦を深めたいっていう意図があって開いたのに、一部の人間と話しててもしょうがないし」

 予想外の返事だったのか、薫さんが少し狼狽えた。少し悩んだそぶりを見せたが、すぐに涼しい笑顔を浮かべて頷く。

「まあ……そうね。じゃあ少し他の人と話してくるわ」

 グラスを持って薫さんは行ってしまったので、ほっと胸を撫でおろす。いけない、誰かがいなくなったことでほっとしてるなんて失礼なんだけど、どうしても気が張ってしまうのだ。

 霧島くんが隣にいてくれて本当によかったな……。

「璃子、飲んでるか? もっと飲めよ。ほら、ウーロンハイ好きだったろ。これ飲んでいいよ」

 大輔は私の前に、まだ口をつけていないであろうウーロンハイを置いた。とりあえず受け取ろうと手を伸ばすも、素早く霧島くんが割り込んで取って行ってしまう。

「別にもらわなくても先輩は好きなの頼みますから、宇野さんどうぞ」

 そう言って大輔の方につき返してしまう。どう見ても霧島くんは大輔に敵意を持っていて(顔は凄くにこにこしているのに)私がひやっとしてしまうくらいだ。でもまあ、元カレなんて気分いいものじゃないよなあ。ごめんね、霧島くん。

 返されたことに大輔はあからさまに嫌そうな顔をした。ウーロンハイはテーブルの奥に置かれ、邪魔者のような扱いをされている。でもそんな大輔のことは何も気にせず、霧島くんは私に楽しそうに話しかける。

「先輩、今日エビマヨ出ますって! 俺エビマヨ好きなんですよねー」

「そうなんだ。美味しいよね。私はシュウマイが好きなんだけど、それも今日あるみたい」

「この店初めて来たけど美味しそうですよね。次うちの部署で使ってみてもいいかも」

「そうだね」

「霧島さーん、ちょっとこっち来てくださいよー」

 少し離れたところから声がしたと思えば、キラキラ系女子がこちらに向かって手を振っていた。その中には中津川さんもいて、ちらちらと霧島くんを気にしている様子がある。

「霧島さーん」

 高い声に呼ばれるが、霧島くんは立ち上がることなく手を振り返す。

「あー今先輩にちょっと仕事の相談中だから!」

「えー飲みましょうよー」

「またね」

 さらりとそう断ると、彼は私に向かって笑いかけた。まだここにいてくれるんだ、という安心感から、私もつられて微笑む。

 そんな私たちを、大輔がじっと見つめていた。
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