クズ男の本気愛
事件
あまり眠れずに翌朝を迎え、重い体を起こして何とか会社に向かった。今日一日を乗り越えれば、帰りに霧島くんとゆっくり話せる――それだけを励みに何とか歩いている。
会社に足を踏み入れ自分の部署へ向かっていると、ちらちらとこちらを見てくる人たちがいることに気が付いた。霧島くんとの交際が公になってからこうやって見られることはよくあったが、なんだか今日は違った視線を浴びている感じがして首を傾げた。
「何だろう?」
不思議に思いつつも気にせず足を進めていると、後ろから敦美の声がした。
「あ、ああっ!! 璃子!!」
「あ、敦美。おはよう」
「ちょ、ちょっと来て!」
彼女は挨拶を返すこともせず私の手をすぐに引いて、少し歩いた先にある会議室に入り込む。まだ早朝なのでもちろん誰もいなかった。
「ど、どうしたの?」
「これ、知ってるの!? 私もさっき気づいたばっかりなんだけど」
敦美は青い顔をして私にスマホの画面を見せた。
「……え」
それを見て絶句する。
私と大輔のキスシーンが写真に収められていた。昨晩の出来事だと瞬時にわかる。しかも、よくよく見れば私たちの後ろにはホテルが映り込んでいた。そのすぐ下には、『浮気女』の一言だけが書かれていた。
「……なに、これ……」
「SNSで回ってるんだよ! 昨日の夜から流されてたみたいで……完全に『霧島くんと付き合いつつ浮気してる女』ってことになってるよ! どういうことなの?」
頭の中がぐるぐる回って何も言葉が出てこなかった。
一体こんな写真を誰が? あの一瞬を収めるなんて、誰か仕組んでいた? 霧島くんは知ってるの? だからさっきから、視線を感じていたんだ……
「璃子! しっかりして!」
「……違うの、これは無理やりされて……」
私は何とか声を絞り出して昨晩のことを説明した。敦美は絶句し、顔を真っ青にしている。
「なにそれ……その一瞬を撮られたってこと? こんな、ホテルの前で、勘違いされそうなシーンをわざわざ……」
「混乱で何も頭が回らない。わけわかんない、どうしよう……」
眩暈を覚えて体をふらつかせた私を、敦美が慌てて支えてくれる。
「と、とりあえず璃子がまずすべきなのは、霧島くんにちゃんと話すことだよ! 広がり方が尋常じゃないし、写真にまで残ってるから、今下手に周りに事情を説明しても受け入れてもらえない。私は璃子を信じてるけど、面白がってる人たちはそう思わないかもしれない」
「……確かに、言い訳してるって思われて、なおさらよくないかも……」
「正直に言うけど、『たまたま男に絡まれたのをたまたま元カレが助けてくれて、たまたまホテル前に逃げました』は……私みたいにこれまでの流れを知ってないと、みんな信じられないと思う。大輔は元々、璃子と別れてないって同期には言い振り回していたし……」
敦美の言うことは尤もだった。そんな真実より、この写真一枚の方が圧倒的にインパクトが大きいし証拠として成り立ってしまっている。
私が大輔と浮気だなんて……。
ぐっと涙が出てきて顔を両手で覆った。
「霧島くんが言うように、一人で帰るんじゃなかった……」
「いや、霧島くんが交際宣言までしたんだから、もう大輔は諦めたんだろうって思う気持ちもわかるよ……元々、璃子はキチンと大輔と終わりにしてるんだし、何も非はないんだから」
「でも、私のせいだ……」
「今終わったことを悔やんでもしょうがないよ。霧島くんにきちんと説明しな? 大丈夫、霧島くんは絶対信じてくれるから! 私もだよ」
私の肩に手を置いて力強く言ってくれた敦美に頷いた。