クズ男の本気愛

「あ、ごめん。璃子ってあんまり運動神経よくなかったんだよな」

「だ、大丈夫……助けてくれてありがとう」

「はは、でももう少し運動した方がいいんじゃないか?」

「まあ、それはそうかも……」

 少し息を整えて顔を上げると、大輔がこちらをじっと見ていた。私はとりあえず、もう一度しっかりお礼を言う。

「ありがとう。相手は人数多かったし、ちょっと怖かったから助かった」

「いや、別にいいよ」

「でも何であんなところにいたの?」

 大輔の家は私の家とは反対方面にある。あんなコンビニで会うなんて凄い偶然だと思った。

「いやー実は璃子の家に行こうと思ってて。もう一度ゆっくり話したくてさ」

「……え? 霧島くんが言ってたけど、私もう付き合ってる人がいるの。家に来られても困るから」

「いや、それなんだけど大丈夫なのか? 余計なお世話って言われそうだけど、よりにもよってあいつはないだろって思って……年下でめちゃ遊んでるらしいし、璃子が大変な思いするの分かってるじゃん?」

 大輔は真剣な顔をして私に尋ねた。私はコンビニの袋を持ち直して答える。

「確かに霧島くんは凄い恋愛歴だけど……根は真面目だし、凄く大事にしてくれてるから」

「お前、もう二十九だろ? あんな男に捕まってる暇なんじゃない?」

「……私のことは放っておいて。助けてくれてありがとう、もう帰るね」

 話を切り上げようとしたところで、大輔が腕を強い力で掴んだ。

「璃子、俺も悪い所あったんだと思う。反省してる。俺が愛想尽かされなきゃ、お前があんな男に騙されなくて済んだのに」

「霧島くんを悪く言わないで!」

「璃子、目を覚ませ。もう一度やり直そうよ、結婚を前提にさ。これからはちゃんと璃子の話も聞くから」

 呆れて物も言えない。一体何度同じ会話を繰り返せばいいんだろう。

 確かに霧島くんの過去が気にならないわけではない。女子社員の噂の的だし、辛い気持ちになることもある。ただ、その分霧島くんが大事にしてくれていると感じるから、私はまっすぐ前を見ていようと思える。

 大輔は付き合っている時に大事にされていたと思わなかった。いくら反省しているとはいえ、三ヵ月の付き合いそう思えなかったのに、結婚して何十年も上手くいくはずがないと思う。

 私は彼の手を思い切り払った。

「助けてくれてありがとう! 私は大輔とやり直すつもりは全くない。霧島くんとダメになったとしても、大輔ともう一度、なんて絶対に考えないから!」

 そう大きな声で言った瞬間、彼が両肩を強く掴んだ。その痛みに顔を歪めた直後、大輔がぶつかるような勢いでキスをしてきたので呆気にとられた。すぐに我に返り、思い切り突き飛ばしてその場から駆け出す。

「璃子!」

 その声には振り返らなかった。

 ここがどこかもわからないままとりあえず突き進むと大通りに出た。もう歩いて帰るのはごめんだったので、歩きながらタクシーを探すとタイミングよく現れたので飛び乗る。

 尋常ではない様子の私に運転手さんは驚いた様子だったが、愛想笑いをして自宅の住所を教えた。タクシーが走り出すとすぐに知った道に出て、自宅もそう遠くないことがわかり、安い料金になってしまいそうなことを心で運転手さんに謝りながら、はあと大きなため息をついた。

 大輔が私にこれだけこだわってるのは、私を好きだとかじゃない。多分、私に振られたことでプライドを傷つけられたんだろう。さらには別れて間もないうちに私は新しい彼氏が出来て、さらに彼は不快に思ったんだろう。

 でもだからといってあれはない。付き合ってる間は散々私を放置して話なんて聞いてくれなかったくせに、別れてからあんなにしつこく付きまとってくるなんて。

 ぼんやりしながら手元のコンビニ袋を見てみると、スープはぐちゃぐちゃだしサンドイッチも潰れていた。コンビニなんて寄らなきゃよかった。

 カバンからスマホを取り出し、霧島くんを呼び出す。

「まだ仕事中かな……ちょっとトラブルっぽかったし」

 大輔のことを言おう。ただ、ラインじゃ嫌だし電話もどうだろう。直接会ってゆっくり話したい。

 どうしようか考えているとすぐに家に着いた。代金を払い、自分の部屋に入ってまずは一息つく。すっかり食欲はなくなってしまったので、袋ごと冷蔵庫に押し込んだ。

 まずは心を落ち着けたいと思って、温かい紅茶を淹れる。ソファに座ってそれを啜り、しばらくぼうっとした。

……疲れた。

 ゆっくりすると途端に嫌悪感が沸いてきて、ティッシュを手に取り唇を拭いた。そんなことをしても意味がないしなかったことにはならないのに。ついでに除菌シートでも拭いた。

「……油断した私が悪い」

 霧島くんは一人で帰らないように、って言っていたのに、もう大丈夫だと思い込んでいた私があまりに軽率だった。霧島くんに申し訳ない。

 しばらくぼんやりした後、スマホを取り出して霧島くんに電話を掛けてみる。だが、まだ仕事中なのか彼が出ることはなかった。時計を見上げるとすでに二十一時をとっくに過ぎている。

「会って話したいな……」

 考えることが多すぎて頭が回らない。

 霧島くんと二人でいるときは楽しくて幸せなのに、周りに人がいると一気に悩み事が増える。どうして大輔を好きになったんだろう、という後悔もかなり大きい。グループでいるときは明るくて着飾らないいい人だと思っていたのに。

 たった三ヵ月しか付き合ってなかったのに、ここまでもめるだなんて……。

 そんなことを考えていると、スマホが鳴り響いたので画面を見てみる。霧島くんが掛け直してきてくれたのだとわかり、私はすぐに出た。

「もしもし!」

『あ、先輩? 電話貰ったのにすみませんでした! ちょっとバタバタしてて……なんかありました?』

 彼の声や背後の音を聞くに、まだ仕事が終わっていなさそうな感じがした。でもきっと、隙間を見て電話を掛けて来てくれたんだとわかり、ほっと心が温かくなる。

「忙しいのに電話しちゃってごめんね……」

『謝らなくていいですよ! 先輩から電話貰うの嬉しいんですから!』

「あの、明日の夜、ご飯でもどうかなかなって……金曜だし……」

 今この状況で大輔のことを話すのは無理だと思った。明日、直接会って相談したい。

『それは全然いいですけど……先輩がよければ、今日終わってから家に行きます』

「え! でも、まだ終わりそうにないんでしょう?」

『なんかあったんじゃないですか? 何時になるかわからないけど遅くなってもいいなら行きます』

 彼が真剣にそう言ってくれているのがわかり、ぐっと胸が熱くなった。悩んでいる時にそばにいてくれようとする彼の誠意がとことん嬉しい。

 でもまだトラブル対応が大変そうだし、明日も仕事だ。そんな大変な状況で来てもらうなんて申し訳ない。

 彼の負担にはなりたくない。

「ありがとう……でも、ゆっくり話したいから明日の方が時間取れると思う。明日、会ってくれる?」

『明日なら大丈夫だと思いますけど……』

「じゃあ、何か夕飯作るね。一緒に食べよう」

『それを聞いて頑張る気力がわきました!』

 霧島くんが声を弾ませたので、私もつられて笑った。会えなくても、少し電話をしただけでこんなにも心が軽くなるなんて凄いと思う。

 だが直後、遠くで霧島くんを呼ぶ声が聞こえてきたので慌てて切り上げる。

「まだ大変なのに電話してごめんね。頑張って」

『いえ、電話くれて嬉しかったですよ』

 手短にそう言い合った私たちは電話を切る。ほんの数分の通話履歴なのに、さっきまで沈んでいた気持ちが少しマシになった。

「明日、きちんと相談して対応を考えよう」

 もう大輔に振り回されたくない。私はそう心に誓い、前を向いた。


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