クズ男の本気愛
「ただいまー」
家に入ると、ふわりといい香りが漂ってくる。蒼汰がひょこっと顔を出した。
「おかえり! ちょうど完成したとこ」
「わ、これ何の匂い? 揚げ物かな」
「唐揚げ―」
そう言って得意げになった蒼汰は、すぐにキッチンへ戻っていく。私も続くと、いいきつね色をした唐揚げとサラダ、それから味噌汁まで並んでいた。
「美味しそう! 蒼汰、本当に腕上げたよね……私よりうまいかもしれない」
「んなわけないっしょー璃子のが一番。でも確かに上達したと自分でも思う」
胸を張って得意げに言う彼が可愛くて、私はつい笑った。
以前は全然料理をしなかった彼だが、この一年で少しずつ練習を重ね、今ではかなり手際よく料理を作られるようになった。野菜の切り方から教えていったが、もう私に教えられることはない。時々失敗もするが、基本的には美味しい料理を作ってくれる。
私たちはテーブルの前に座り込み、手を合わせる。
「頂きます!」
口に運ぶとジューシーな唐揚げの味がしてつい唸る。ほんと、何でも出来ちゃうんだから。
「美味しいよ!」
「新しいレシピ試してみたんだ。これいいね」
「いやあ、一年でここまで成長するんて凄い……」
「初めはインスタントの味噌汁を手伝うくらいだったからね」
「あはは、でもあれでも十分嬉しかったけどね。何もせずソファにどーんと座ってテレビ見てるだけの人を知ってるから……」
つい大輔のことをぽろっとこぼしてしまうと、途端に蒼汰は不機嫌そうに目を据わらせた。
「あいつの話しないで」
「……ごめん」
「もうどこで何してるかも分かんない奴だし。逆恨みとかないのが幸いだったけど、あの頃はヤバイ奴らが集まってたなあってつくづく思うよ」
白米を口に運びながら蒼汰が眉尻を下げた。それに関しては同感なので、私は大きく頷く。
「でも、蒼汰がいてくれたから今こうして穏やかに暮らせてるよ……美味しいご飯も食べられるし、最高」
「まあ璃子のご飯が一番だけどね。次あれ食べたい、グラタン」
「いいね、また作るよ」
私たちは穏やかに食事を続けていく。
彼と付き合うかどうか迷っていた頃は、こんな日が来るとは思っていなかった。何せ最長二か月しか付き合えない男だし、いろんな女の子をとっかえひっかえしているクズだと思ってた。
でもいざ付き合いだすと、彼はちゃんと私を大事にしてくれるし居心地もいい。一緒にいて楽しいことばかりなのだ。
「先週もレストラン美味しかったよ、また行こうね」
私は週末のことを思い出してそう言った。蒼汰はああ、と反応する。
「料理美味しかったなーまたどっかで行こ!」
「楽しみだな。ごちそうさまでした」
私は手を合わせてそう言った後、食べ終わったお皿を片付ける。作ってない方が皿洗いをする、これは暗黙のルールだ。
二人分のお皿を洗い終え、キッチンも綺麗にするとテレビを見ている蒼汰の隣へ座る。彼はじっとバラエティを眺めていた。
「今日泊ってく?」
「うん、そうしようかな」
「分かった。先お風呂入ってもいい?」
「だめ」
「なんでよ」
「一緒に入ろ」
「やだよ、一人がいい。狭いし」
私は少し笑いながらそう言った。よく一緒に入りたがるけど、狭いしまったり出来ないし何がいいのかわからない。女は風呂場でやりたいことが多いからかな。
蒼汰はこちらを向いて不満げにする。
「なんでいつも璃子は断るの」
「いや、女はこうね、いろいろと事情があるの」
「じゃあ璃子が洗い終わったら行く」
「湯舟狭いじゃん……」
小さなアパートのうちで二人が湯舟に入ると、とにかく狭い。
「蒼汰の家ならもうちょっと広いけど、それでも二人は狭いよ。お風呂はゆっくりしたいじゃん」
「あーじゃあさ。広い所に引っ越そう」
突然そんなことを言ったので、驚きで隣を見た。蒼汰はふざけている様子もなく、じっとこちらを見ている。テレビからはバラエティ特有の笑い声が響いている。
……それって、同棲するっていうこと?
それとも、私のアパートはもう住んで長いし古いし、いいところに引っ越せってことかな。
「広い所……?」
「うん。ここも俺の家も、二人で暮らすにはちょっと狭いじゃん。もっと広い方がよくない?」
「ふ、二人で?」
戸惑いの声が漏れてしまった。急にそんなことを言いだすなんて、あまりに予想外。
「うん、二人で。あー姉ちゃんはさすがにもううちに泊まらせないから」
「そこじゃなくて……私と暮らすつもりなの?」
「うん」
蒼汰のまっすぐな目は本気度を物語っていた。彼がそんなことを考えていたなんて思わなかったので、私はただただ驚いた。楽しいから今のままで……と思っているかと。
「そ、蒼汰がそんな事言い出すと思わなかった」
「なんで」
「今のままでもいいかな、って」
「ずっと考えてたよ。今も考えてる。俺、もう璃子以外の人とは無理だから」
そう言った彼はポケットを漁ると、突然小さな黒い箱を取り出した。
「結婚してください」
中には、輝く指輪があった。
「……え」
「結婚したい。めっちゃしたい」
「……え」
「俺、料理も覚えたし一緒に暮らしても璃子の負担にならないと思う。付き合い始めは全然出来なくて、これじゃだめだなって思ったから……」
蒼汰が指輪を取り出し、そっと私の薬指に嵌めてくれる。綺麗な石がキラキラと光を放っている。
呆然として何も言えない。
「璃子? 璃子はいや?」
「……いや、じゃ、ない」
「結婚してくれる?」
「……私でいいの?」
ぶわっと涙が出てきてしまう。そんな私を見て、蒼汰が笑って抱きしめた。蒼汰の胸に顔を埋めながら泣き声を漏らす。
「もー璃子じゃなきゃ無理。璃子に断られたら孤独死決定」
「……うう……なんでこのタイミングなの……唐揚げ食べた直後じゃん……」
嬉しさと恥ずかしさと驚きで、私は泣きながらそんなことを言った。蒼汰は悲し気な声を出す。
「いや実はさあ……この前のディナーでプロポーズするつもりだったんだよ。でも注文してた指輪がトラブルで完成しなかったんだよ」
「え……そうだったの?」
「指輪なしでプロポーズはさすがにないじゃん? 仕方なく諦めて、今日完成したっていうからダッシュで取りに行った。いつ言おうかなって考えたんだけど、しばらくいいタイミングもないし早く言いたいしで、言っちゃった」
笑いながら私を離し、優しい顔でこちらを見てくる。
「俺、早く結婚したくてたまんなくて。プロポーズかっこよく決められなくて申し訳ないんだけど、許して?」
「……全然いいよ。全然かっこいい」
「はは、ほんと?」
「私も、あなたと結婚したいです」
私がしっかりそう言うと、蒼汰は優しくキスをしてくれた。何度もしたことがあるキスだけれど、今日はいつもよりドキドキした。
まさか高校時代から知ってる彼とこんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。
ずっとただの先輩と後輩だったのに、急に彼はその関係を越えてきた。
最初は戸惑って困っていたけれど、彼を選んで正解だったと心から思える。こんなに幸せを感じたのは、人生で初めてかもしれない。
「よし、これから結婚に向けて忙しくなりそう。まずどっから始める? 璃子の両親にご挨拶?」
「あは、そうだね」
「あと家探そう。もうちょっと風呂が広いとこ! 毎日一緒に入れそうなとこ!」
「毎日は入らなくていいから……」
「ドライ! 俺は入りたい! とりあえずさ、今日はプロポーズ記念ってことで一緒に入ろ?」
「なんでそんなに一緒がいいの?」
「楽しいし落ち着くっていうのと、下心が98%。やらしいことしようかと」
「正直か!」
私は大笑いしながらそう言って、彼に抱き着いた。蒼汰も笑いながら抱きしめ返してくれる。
左指にはめた指輪の石がキラキラと反射していた。
完
最後までお付き合い頂きありがとうございました!
またお会いする日まで。


