クズ男の本気愛
一年後
パソコンの電源を落として、デスクの上に置いてあったスマホをカバンの中にしまう。時計を見上げると十九時過ぎだった。今日はもう少し早く帰ろうと思っていたのに、思ったより長引いてしまった。
疲れた体を伸ばすように両腕を天井につきあげる。ここ最近、肩こりが酷いのだが年のせいだろうか。三十歳を過ぎたからと言って急に変わるわけもないと思うのだが、気持ちの問題だろうか。
「終わった? お疲れー」
隣の敦美がこちらを見てくる。私は帰り支度を続けながら答える。
「うん、終わった。敦美は?」
「私もそろそろ上がれそうだよー。早く帰ってあげなよ、待ってるんでしょ?」
にやにやしながら私にそう言った。
「ま、まあね……」
「結局、あの霧島くんと一年かー。これまで誰とも続かなかったのにねえ。すっかり社内じゃ公認カップルだし、やっぱり合ってたんだよあんたたち」
敦美は茶化すように、でもどこか嬉しそうに言った。私はどう答えていいかわからず、ポリポリと頬を掻く。
蒼汰とはあれ以降、付き合いはずっと続いている。小さな喧嘩ぐらいはするけれど、別れの危機になったことは一度もないし、順調に過ごしている……と私は思っている。
たくさん出かけて旅行にも行った。イベントも一通り行ったし、絵にかいたような普通のカップルだ。
付き合い始めはいろんな人から好奇の目で見られたり、彼の元カノから敵意を向けられたりと大変だったが、そんなものは少し経ったら無くなった。大輔たちの事件があったのもあるが、周りは温かい目で私たちを見てくれている。
変な人がいなくなったので仕事も順調だし、穏やかな毎日を送っていた。
「幸せそうで何よりだよ。結婚の話とかでないの?」
敦美に聞かれ、私は苦笑いした。
付き合い自体は順調だけれど、そんな話は出ない。私も三十歳を迎えたのでどうしても考えてしまうこともあるが、向こうは二十七歳でまだそんな意識はしないのかもしれない。無理強いはしたくない。
ちなみに敦美は、この一年の間に長年付き合っていた彼氏と見事ゴールインし、彼女の薬指には指輪が光っている。
「ないかな」
「むしろ霧島くんの方がしたがりそうなもんなのにね。璃子にいつも尻尾振ってまとわりついてるんだから」
「恋愛と結婚は違うからね」
「週末、一年記念日でディナーに行くって言ってたから、プロポーズでもあるのかと思ってのになあ」
敦美は口を腕を組んで考え込むように首を傾げた。
一年の記念日があったので、蒼汰がいいお店を予約しておいてくれたのだ。まるで漫画に出てきそうなぐらいの夜景が見える、高級ホテルのディナーだった。
そこに行くと敦美に伝えた時は、『霧島くんプロポーズじゃない!?』と鼻息を荒くして言っていたのだが、そんなものはなかった。
ちょっと期待していたのは事実だが、仕方ないと思う。こればかりは片方の気持ちでどうにかなるものではない。
「別にいいよ、毎日楽しくやってるし」
「璃子がいいならいいけどね」
「敦美は新婚ほやほやで楽しい時期だねー! どう、新婚生活は?」
「私の話はいいの! ほら、待ってる彼氏のとこに帰んなー」
自分の事になると恥ずかしそうにして話をはぐらかす敦美が可愛くて小さく笑った。
まあ、彼女の表情を見るに順調なのは間違いない。敦美が幸せだと、私も嬉しいな。
「じゃあ先に上がるね。お疲れ」
私に手を振る敦美に振り返すと、そのまま慣れた家へと向かった。
この一年で、お互いの家を行き来することが習慣化している。蒼汰の家は突然お姉さんが訪ねてきたりするので(私も何度かお会いしている。挨拶は緊張したけれど、向こうはやたら私を歓迎してくれているので関係は良好だ)私の家でまったりすることの方が多い。
お互い合い鍵を使い、予定が合えばどちらかの家で帰りを待つ……そんな日々を送っている。
今日は私の家で、彼が夕飯を準備すると意気込んでいたため、楽しみにあの小さなアパートを目指した。