左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転
第28話 『星芽の正体(仮)』
港祭の翌朝、掲示板に匿名の貼り紙。『星芽は旧局長の転生だ。指の高さも、あのペン回しも同じだった』。噂は高。高は急ぎ。急ぎは、誤解を呼ぶ。ことみは中低で『読みます』とだけ言い、のれんの端を指一本で折って戻した。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。
倖菜は承認台の上に『名前で読む』の枠を出した。朱で二行――『名=配分』『名札は伏せる』。朱は旗ではない。句読点だ。咲那は可視化パネルの“現在”に余白を増やし、集合写真の下の小さな点を指さした。『星芽が昨日、置いた点。これが今日の辞書』。
公開検証『名前の実験』。順序は耳→足→目→笑い。耳――ことみが“拾い音なし”を7に固定、裏拍は少なめ。足――二肩半+掌で十歩、角で一秒、半歩戻す。目――『名前の札』を写真に写らない薄さで伏せ、名の配分を短く決める。笑い――玲空が明→暗で二打。明は宣言、暗は合意。噂を大声で否定しないのが、合意の作法。
星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。指は中低。彼女は匿名紙を偏差の皿に載せ、皿の縁の鉛筆線で視線の前段を受け止めた。皿は中心へ戻る癖を持つ。戻る癖は、噂の行き場を作る。行き場ができると、噂は読める。
『旧局長の転生なら、名前が合うはずだ』と、古参が言う。咲那は白板に名前の配線図を描いた。〈音の高さ→合図の高さ〉〈字画→停止の段落〉〈母音→のれんの高さ〉。『星=低い指+丸』『芽=○→左右へ開く』。指の形がルールに合っているから、似て見えるだけ。家の中は、ルールで似る。似るのは、連結の証拠。
ことみは耳で、噂の穴を探す。穴はミ♯の辺り。『高→裏拍/一秒』。玲空が裏拍で一打、善裕が停止を入れる。手順は四語――裏拍→一秒→半歩→中低。停止の四語で、噂の高が落ちる。落ちた噂は、読める。
外部から光る矢印派が『真相は派手に』と叫ぶ。咲那は写真を二枚出す。『派手→白が薄い→噂が燃える』『白厚→派手を後→噂が消える』。トータル=設置+事故+撤去十歩+騒音+誤情報。短い。短いから、通る。
星芽は『名前で歩く』遊びを提案した。名を呼ばず、名の法則だけで歩く。『丸→ここで止まれる』『中低→丁寧』『伏せ→誇りは燃やさない』。子どもたちが真似し、旧局長の手癖でなくても、同じ歩きが生まれた。『似ているのは人ではなく、辞書』。みんなが今と短く言った。
噂の最後の牙は“ペン”。旧局長が使っていたという銀色の一本。星芽はポケットから古いボールペンを出し、咲那に手渡した。『最終話、あなたが使って』。ペンは旗にしない。句読点にする。句読点が置かれたら、文章は呼吸する。呼吸が整うと、物語は先へ進む。
ユナは支援網の一行を足した。『名=配分/名札は伏せるのほうが、外でも効いた』。麻理江の第三者ログには、『噂対応:大声×→白厚○』『停止四語→鳴かない秒+4』。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。
『転生の証明を』と記者。倖菜は朱で『証明より運用』『似る=辞書が合う』と二行。白=未来の辞書。辞書に似れば、人も似る。似ること自体は善。
クライマックス、『集合写真の点』の意味を開く。星芽は点を二重にして、その間に小さな丸を置いた。『ここで止まれる/二度』。旧局長の事故が起きた場所に、今日は二重の停止がある――家が作った停止だ。『似て見えたのは、止めているから』。止めたから、もう起きない。
検証の締め。集合写真の盤面固定は、噂の抗体になる。写真は『うまくいった瞬間>失敗の理由』の配置。点は呼び鈴。押さなくても鳴る種類の鈴。鳴るたびに、停止の四語が思い出される。裏拍→一秒→半歩→中低。
片付け。匿名紙は偏差の皿ごと撤去十歩で回収。跡は残さない。跡が残らないと、白は太い。太い白は、冤罪の火を消す。火が消えたら、最終章が読める。
夜、分局。白板の“現在”の脇に、小さなペン置きが取り付けられた。ペンは旗ではない。句読点だ。咲那はペンをそこに置き、板帳に二行――『似る=辞書が合う』『次:冤罪終着』。玲空のチャイムが遠くで一打。句読点が置かれたら、文章は休む。休んだら、また前へ進む。
『名前の実験・第二幕』。匿名紙に載った“指の高さ”の比較写真を、左右逆に並べて読む。左:旧局長(推定)、右:星芽。順番を逆にすると、順番が体に入る。『似る→合図が合う→辞書が合う』の流れ。『辞書が合う→似る』の逆は、証明ではない。運用だ。
ペンの来歴も読む。古参が『退職のとき、局長はペンを誰にも渡さなかった』と言う。星芽は首を横に振り、中低で『その日、私はまだ生まれていません』。笑いが起きるが、一拍。笑いは長くしない。咲那はペンを句読点として可視化パネルの脇に置き場を作った。『旗にしない』と札を添える。
『名前で歩く・家族版』。ことみ=のれん、翼=矢印の折り方、善裕=停止の四語、咲那=写真の貼り順、ユナ=名札の伏せ、玲空=明→暗、倖菜=朱=句読点。名を呼ばずに、役の歩きだけで分かる。『似ているのは人でなく、役の辞書』。
冗談半分の転生テスト。『三つの質問に一行で答えよ』――①『あなたは延命と停止、どちらを選ぶ?』②『派手を置くなら、白の前か後か?』③『名は晒すか、伏せて配るか?』。星芽の答えはすべて家の辞書と一致。『似る=辞書が合う』の再証明。
検証の余白で、ことみが『噂の温帯』を提案。高と低の間に帯を作り、鳴かない秒を七に伸ばす。伸びた秒が、匿名紙の熱を吸う。吸われた熱は、背負い二人で配る。配られた熱は、燃えない。
最後に、星芽が集合写真の下の点→二重点→小丸の上に、ペン先で小さな傷をつけた。『事故の座標に停止の句読点を置いた、という合図です』。咲那はうなずき、ペンを受け取る役を引き受けた。
分局の灯が落ちる直前、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻し、掲示板の端に小さな付箋を貼った。『冤罪は外で処理』。外で翻訳、外で合意。家の白は残す。残った白は、最終章の証拠になる。
星芽が言葉を選ぶたび、咲那は胸の内側が一度だけきしむ。問い詰めるほど真実は指の間からこぼれ、
黙るほど憶測が勝手に増殖する。だったら――名前だけは守ればいい。履歴や肩書きより先に、
いま目の前で呼び合う呼称を支える。
「旧局長の転生」なんて、記事にすればきっと伸びる。けれど、伸びることと正しいことは別物だ。
咲那はメモのペン先を宙で止め、ゆっくりキャップを閉めた。音は小さく、しかし意思は大きい。
「誰であっても、“星芽”の名前は星芽のもの」――言い切る自分の声が、思ったよりも明るかった。
その瞬間、周囲のざわめきが半歩ほど遠のいて聞こえた。屋台の灯は相変わらず忙しなく瞬き、
子どもの笑い声は規則正しく波打つ。世界は判決を待っていない。だからこちらも、判決ではなく選択を置く。
それは内心を守るための隠れ家というより、全員が戻って来られる駅のようなものだった。改札は開き、
冤罪の根は、報告書の『R』標記と切り貼りの痕にあった。善裕が拡大鏡を差し出し、麻理江が日付のインクの微妙な差を指す。『貼り合わせ。原本は別。』空気が軽くなる。疑いは紙から剥がれ、当事者の肩からもはがれた。
合図はいつでも二度鳴る。「ただいま」と「おかえり」は、だれのものでもない共有財産だ。
善裕が短くうなずき、ことみが懐から集合写真を出す。画面の中では誰もが少し不器用に笑っている。
あの笑いは証拠にはならないが、私的な強度でこちらを支える。「名前を守る」とは、
写真に写っている関係の太さを信じることだ。説明の文言は後で整える。いまはただ、誤読のための余白を
あえて残し、こちらから過剰に確定しない勇気を持つ。
【終】
書類の端から、昔の糊の匂いがした。玲空が指でなぞると、わずかにざらり。貼り合わせは指先を裏切らない。『R』の角が他の文字よりわずかに太い。誰かが紙に手を入れた、その体温だけが決め手になる。
倖菜は承認台の上に『名前で読む』の枠を出した。朱で二行――『名=配分』『名札は伏せる』。朱は旗ではない。句読点だ。咲那は可視化パネルの“現在”に余白を増やし、集合写真の下の小さな点を指さした。『星芽が昨日、置いた点。これが今日の辞書』。
公開検証『名前の実験』。順序は耳→足→目→笑い。耳――ことみが“拾い音なし”を7に固定、裏拍は少なめ。足――二肩半+掌で十歩、角で一秒、半歩戻す。目――『名前の札』を写真に写らない薄さで伏せ、名の配分を短く決める。笑い――玲空が明→暗で二打。明は宣言、暗は合意。噂を大声で否定しないのが、合意の作法。
星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。指は中低。彼女は匿名紙を偏差の皿に載せ、皿の縁の鉛筆線で視線の前段を受け止めた。皿は中心へ戻る癖を持つ。戻る癖は、噂の行き場を作る。行き場ができると、噂は読める。
『旧局長の転生なら、名前が合うはずだ』と、古参が言う。咲那は白板に名前の配線図を描いた。〈音の高さ→合図の高さ〉〈字画→停止の段落〉〈母音→のれんの高さ〉。『星=低い指+丸』『芽=○→左右へ開く』。指の形がルールに合っているから、似て見えるだけ。家の中は、ルールで似る。似るのは、連結の証拠。
ことみは耳で、噂の穴を探す。穴はミ♯の辺り。『高→裏拍/一秒』。玲空が裏拍で一打、善裕が停止を入れる。手順は四語――裏拍→一秒→半歩→中低。停止の四語で、噂の高が落ちる。落ちた噂は、読める。
外部から光る矢印派が『真相は派手に』と叫ぶ。咲那は写真を二枚出す。『派手→白が薄い→噂が燃える』『白厚→派手を後→噂が消える』。トータル=設置+事故+撤去十歩+騒音+誤情報。短い。短いから、通る。
星芽は『名前で歩く』遊びを提案した。名を呼ばず、名の法則だけで歩く。『丸→ここで止まれる』『中低→丁寧』『伏せ→誇りは燃やさない』。子どもたちが真似し、旧局長の手癖でなくても、同じ歩きが生まれた。『似ているのは人ではなく、辞書』。みんなが今と短く言った。
噂の最後の牙は“ペン”。旧局長が使っていたという銀色の一本。星芽はポケットから古いボールペンを出し、咲那に手渡した。『最終話、あなたが使って』。ペンは旗にしない。句読点にする。句読点が置かれたら、文章は呼吸する。呼吸が整うと、物語は先へ進む。
ユナは支援網の一行を足した。『名=配分/名札は伏せるのほうが、外でも効いた』。麻理江の第三者ログには、『噂対応:大声×→白厚○』『停止四語→鳴かない秒+4』。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。
『転生の証明を』と記者。倖菜は朱で『証明より運用』『似る=辞書が合う』と二行。白=未来の辞書。辞書に似れば、人も似る。似ること自体は善。
クライマックス、『集合写真の点』の意味を開く。星芽は点を二重にして、その間に小さな丸を置いた。『ここで止まれる/二度』。旧局長の事故が起きた場所に、今日は二重の停止がある――家が作った停止だ。『似て見えたのは、止めているから』。止めたから、もう起きない。
検証の締め。集合写真の盤面固定は、噂の抗体になる。写真は『うまくいった瞬間>失敗の理由』の配置。点は呼び鈴。押さなくても鳴る種類の鈴。鳴るたびに、停止の四語が思い出される。裏拍→一秒→半歩→中低。
片付け。匿名紙は偏差の皿ごと撤去十歩で回収。跡は残さない。跡が残らないと、白は太い。太い白は、冤罪の火を消す。火が消えたら、最終章が読める。
夜、分局。白板の“現在”の脇に、小さなペン置きが取り付けられた。ペンは旗ではない。句読点だ。咲那はペンをそこに置き、板帳に二行――『似る=辞書が合う』『次:冤罪終着』。玲空のチャイムが遠くで一打。句読点が置かれたら、文章は休む。休んだら、また前へ進む。
『名前の実験・第二幕』。匿名紙に載った“指の高さ”の比較写真を、左右逆に並べて読む。左:旧局長(推定)、右:星芽。順番を逆にすると、順番が体に入る。『似る→合図が合う→辞書が合う』の流れ。『辞書が合う→似る』の逆は、証明ではない。運用だ。
ペンの来歴も読む。古参が『退職のとき、局長はペンを誰にも渡さなかった』と言う。星芽は首を横に振り、中低で『その日、私はまだ生まれていません』。笑いが起きるが、一拍。笑いは長くしない。咲那はペンを句読点として可視化パネルの脇に置き場を作った。『旗にしない』と札を添える。
『名前で歩く・家族版』。ことみ=のれん、翼=矢印の折り方、善裕=停止の四語、咲那=写真の貼り順、ユナ=名札の伏せ、玲空=明→暗、倖菜=朱=句読点。名を呼ばずに、役の歩きだけで分かる。『似ているのは人でなく、役の辞書』。
冗談半分の転生テスト。『三つの質問に一行で答えよ』――①『あなたは延命と停止、どちらを選ぶ?』②『派手を置くなら、白の前か後か?』③『名は晒すか、伏せて配るか?』。星芽の答えはすべて家の辞書と一致。『似る=辞書が合う』の再証明。
検証の余白で、ことみが『噂の温帯』を提案。高と低の間に帯を作り、鳴かない秒を七に伸ばす。伸びた秒が、匿名紙の熱を吸う。吸われた熱は、背負い二人で配る。配られた熱は、燃えない。
最後に、星芽が集合写真の下の点→二重点→小丸の上に、ペン先で小さな傷をつけた。『事故の座標に停止の句読点を置いた、という合図です』。咲那はうなずき、ペンを受け取る役を引き受けた。
分局の灯が落ちる直前、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻し、掲示板の端に小さな付箋を貼った。『冤罪は外で処理』。外で翻訳、外で合意。家の白は残す。残った白は、最終章の証拠になる。
星芽が言葉を選ぶたび、咲那は胸の内側が一度だけきしむ。問い詰めるほど真実は指の間からこぼれ、
黙るほど憶測が勝手に増殖する。だったら――名前だけは守ればいい。履歴や肩書きより先に、
いま目の前で呼び合う呼称を支える。
「旧局長の転生」なんて、記事にすればきっと伸びる。けれど、伸びることと正しいことは別物だ。
咲那はメモのペン先を宙で止め、ゆっくりキャップを閉めた。音は小さく、しかし意思は大きい。
「誰であっても、“星芽”の名前は星芽のもの」――言い切る自分の声が、思ったよりも明るかった。
その瞬間、周囲のざわめきが半歩ほど遠のいて聞こえた。屋台の灯は相変わらず忙しなく瞬き、
子どもの笑い声は規則正しく波打つ。世界は判決を待っていない。だからこちらも、判決ではなく選択を置く。
それは内心を守るための隠れ家というより、全員が戻って来られる駅のようなものだった。改札は開き、
冤罪の根は、報告書の『R』標記と切り貼りの痕にあった。善裕が拡大鏡を差し出し、麻理江が日付のインクの微妙な差を指す。『貼り合わせ。原本は別。』空気が軽くなる。疑いは紙から剥がれ、当事者の肩からもはがれた。
合図はいつでも二度鳴る。「ただいま」と「おかえり」は、だれのものでもない共有財産だ。
善裕が短くうなずき、ことみが懐から集合写真を出す。画面の中では誰もが少し不器用に笑っている。
あの笑いは証拠にはならないが、私的な強度でこちらを支える。「名前を守る」とは、
写真に写っている関係の太さを信じることだ。説明の文言は後で整える。いまはただ、誤読のための余白を
あえて残し、こちらから過剰に確定しない勇気を持つ。
【終】
書類の端から、昔の糊の匂いがした。玲空が指でなぞると、わずかにざらり。貼り合わせは指先を裏切らない。『R』の角が他の文字よりわずかに太い。誰かが紙に手を入れた、その体温だけが決め手になる。