左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転

第25話 『総力査察作戦』

 夜明け、分局の掲示板に赤い紐が吊られた。咲那が地図の上に点を打つ。『港口、桟橋、屋台通り、倉庫口、広場、台所…今日の“前処理ピラー”』。広域・同時多発。直線は、混む。混むと、戻れない。戻れない速さは、遅い。今日の題は『総力査察作戦』。巡回の最短経路で、薄い火種を先に消す。

 倖菜は承認台に秒・写真・一行の枠を増やし、朱で『前処理=事故の前段』とだけ記す。朱は旗ではない。句読点だ。句点が置かれたら、文章は呼吸する。呼吸が整うと、現場は前へ進む。善裕は白板の“戻り矢印”の丸を節ごとに描き、丸の内側に小さな点――『ここで止まれる』。

 班編成は耳→足→目→笑いの直列。耳:ことみ。足:翼と住民ネット。目:咲那&翼補助。笑い:玲空。承認:倖菜。支援:ユナ。直列は遅い、が、壊れない。壊れない遅さは、合意の速さ。星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。一拍=分岐の句読点。

 “最短経路”の鍵は、星芽の指差しだった。地図の点に、赤い紐をたわませて置く。紐は直線ではなく、曲線で最短を探す。曲がった紐は、正しい。直線を救うのは、曲線。星芽が紐のたるみを指で弾くと、紐はひとりで吸い寄せられる。『ここで止まれる』の丸へ、次の丸へ。地図の上で、巡回最短が現れる。

 公開ブリーフィング。順序は耳→足→目→笑い。耳――ことみが『拾い音なし』を5→7→5で循環させ、静けさの窓を先に立てる。足――二肩半+掌で十歩、角で一秒、半歩戻す。目――伏せ札は写真に写らない薄さで“火種の候補”へ。笑い――玲空がチャイムを裏拍で一打。裏拍は注意。注意の上で、走る。

 第一区間:桟橋—倉庫口。風は高、のれんは中低。拡散幕の角は指一本で折り、負荷分散リングは角の手前二歩。Δψ=2.7°は据え置き。数字は式のまま、道具で合わせる。翼は背負い席で『先に止まる』をやり、列が半歩だけゆっくりになる。半歩のゆっくりが、火種を先に消す。

 第二区間:屋台通り—広場。屋台の油煙が逆相を作りかける。ことみは耳で穴を見つけ、七秒に柱を立てる。星芽は赤い紐を高く持ち上げ――ではなく、低く添える。低いほど、丁寧。丁寧ほど、最短は曲がる。曲がる最短は、詰まらない。写真の白は崩れない。白が崩れないと、余白が増える。余白が増えると、判断は短い。

 第三区間:台所—港口。台所ののれんは家の耳。家の耳を中低に合わせ、偏差の皿をゴミ皿として角に伏せる。『落ちるものはここへ』。落ちたものが鳴らない。鳴かないは、壊れではない。自動修復。善裕は白板の矢印を一本折り、その先に丸。曲がった矢印は、正しい。

 巡回は、最短=最小の指示でもある。星芽の指は『○→○→○』で足りる。翼の合図は中低。ことみが『今』と囁く。囁きは、作戦のメトロノーム。玲空のチャイムは明→暗で二打。明は開始、暗は合意。写真の白は『うまくいった瞬間>失敗の理由』で並ぶ。短い。短いから、通る。

 途中、広域同時多発が顔を出す。倉庫口と広場で、同時に逆相。直線は、混む。咲那は可視化パネルに二本線を二箇所追加し、それぞれの帯で足を半歩遅らせる。善裕は“戻り矢印”の丸を二重にし、住民ネットの背負い席を日替わりで配置。背負いが分散すると、全体がそろう。

 ユナが外部スタッフを三名連れてきた。訓練は五分。『耳→足→目→笑い』の四語を中低で復唱。四語で足りる状況を増やす。増えた分だけ、地図の紐は短くなる。短い紐は、迷いを減らす。迷いが減ると、巡回は速い。速いけれど、壊さない。

 午後、最短の罠が出た。『一見近い』倉庫裏の直線。赤い紐は、そこへ寄らない。紐は、曲がって遠回りに見える道を選ぶ。曲がる道は、戻れる。戻れる道は、速い。倖菜は朱で『見かけの近さ<戻れる速さ』と一行。平均は過去、現在は今。今を紐で読め。

 “総力査察”の採点は、秒・写真・一行。『逆相→前処理○』『拾い音なし→柱○』『白→厚い』。監理官は『最短=最小の衝突』とメモした。最短は距離ではない。合意の衝突が最小。

 夕方、港の風が落ちた。赤い紐はたるみを少し返し、最後の丸へ吸い寄せられる。最後の丸は、家。台所の白板の端に、星芽が紐の端を小さく蝶結びにした。結び目は小さい。小さいけれど、明日の心臓部を指す。

 片付け。伏せ札、ラベル、リング、拡散幕、紐。順番は撤去十歩。跡を残さない。跡が残らないと、明日の白が太い。太い白は、心臓で効く。翼は“一日一背負い”の札に『紐をほどく役』と書き足し、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻した。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。

 夜、分局。可視化パネルの“現在”は地図版になり、赤い紐の履歴が薄く残る。咲那は板帳に二行――『最短=曲線』『曲線=家のやり方』。倖菜は朱で『次:心臓部』と書き、丸を一つ。玲空のチャイムが遠くで一打。句読点が置かれたら、文章は休む。休んだら、また前へ進む。

 夜更け前、赤い紐を巻物にして、家ルール表の余白へ伏せた。写真に写らない薄さで。余白は、明日の連結の席。席があると、言葉は短い。短い言葉は、遠くまで届く。

 善裕は白板に巡回の章立てを残した。『章1:桟橋』『章2:倉庫口』『章3:屋台通り』『章4:広場』『章5:台所』。章の頭に丸。丸は句点。句点が置かれたら、文章は次の章へ進む。
 星芽の“紐講座”。紐は張らない。たわませる。たわみは余白。余白があると、逆相が来ても折れない。参加者が紐を張りたがるたび、星芽は○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。紐は自分で最短へ寄っていく。寄っていくのを、待つ。待つ速さは、壊れない速さ。

 麻理江の第三者ログに、住民の一行が増える。『紐がたるんでいる方が、早かった』『止まる丸が増えると、喧嘩が減った』『大声を減らしたら、孫が笑った』。短い。短いから、遠くへ届く。

 巡回の途中、翼の『一日一ガシャーン』がにゅっと顔を出す。屋台の金物が光っていた。危ない。彼は視線を赤い紐に戻し、半歩戻り、角で一秒。ことみが中低で『今』。玲空が裏拍で一打。ガシャーンは未遂になり、写真は『うまくいった瞬間>未遂の理由』で貼られた。

 咲那は“最短の分割”を導入。長い一筆書きを章に分ける。章の頭に丸。章の終わりに撤去十歩。分割された最短は、巻物にできる。巻物は、家の余白に伏せられる。伏せられた作戦は、夜に強い。

 監理官が合流し、『広域同時多発の評価式は?』と問う。倖菜は朱で『衝突の総量/停止の回数/鳴かない秒』と三点。数は短い。短い数は、写真で補う。写真は『今』の辞書。

 夕暮れ、赤い紐の最後のたるみが、台所の白い皿に吸い込まれた。皿の縁の鉛筆線が『ここで止まれる』を受け止める。翼は紐の端をほどき、結び目を家訓カードの下に隠した。『結びは隠す。誇りは、伏せて持つ』。中低の高さで、全員が頷いた。
 最短経路は、線ではなく呼吸だった。誰がどこを走るかを地図で確定しても、
 人の足はコンパスでは測れない。咲那は巡回順を配るとき、メモに小さな余白を残した。
 「迷ったら、自分の好きな店を曲がって」と書く。好きな店は、決断を速くする近道だ。

 星芽がふと立ち止まり、曲がり角の影を見た。「ここ、知ってる」と彼女は言う。
 たしかに彼女の記憶は地図の端をつないでいく。けれど、記憶に頼り切らず、
 「現在位置を好きで上書きする」のも作戦のうちだ。好きは、速い。隊はばらけず、
 笑いながら再集合する。最短は、笑っているほうが短い。
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