左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転

第24話 『月停止前夜』

 世界規模の落潮が予報に出た。『月停止』――潮汐の揺れの山が一時的に薄くなる夜。港は軽く、風は高。直線は、混む。混むと、戻れない。戻れない速さは、遅い。今日のテーマは逆位相式――揺れに反対の拍子で、町を静かに揃える。

 朝、可視化パネルの“現在”に逆位相テンプレの枠が置かれた。『耳(7→5→7)×足(半歩→一秒→十歩)×目(伏せ札/のれん/拡散幕)×笑い(裏拍→明暗)』。要素は同じ。順番と高さを、揺れと逆にする。倖菜は朱で『テンプレ=句読点の配列』と書いた。朱は旗ではない。句読点が並ぶと、文章は前へ進む。

 咲那は『役割の直列接続』を提案。耳:ことみ。足:善裕。目:翼。笑い:玲空。承認:倖菜。支援:ユナ。直列は遅い、が、壊れない。壊れない遅さは、合意の速さ。直列の両端に二本線を敷き、跨ぐたびに半歩遅くなる帯をつける。帯は、逆位相の床。

 午前、逆相が早くも顔を出す。のれんの影が矢印を左へ引っ張る。ことみは耳で穴を見つけ、拾い音なしを7に固定、裏拍を少なく。翼はのれんの端を指一本だけ折り、拡散幕の角を温度低めで撫でる。善裕は負荷分散リングを角から二歩手前に戻す。三人の拍子が反対に合う。合った瞬間、列の肩は二肩半+掌に自動で揃う。

 昼の公開実験『逆位相の階段』。段一:『明』で注意を言わず、暗で落ち着かせる。段二:角の前で半歩、角で一秒、後で十歩。段三:写真は『うまくいった瞬間>失敗の理由』を左右逆に並べて読む。逆に並べると、順番が体に入る。翼が実演し、ことみが『今』と囁き、玲空が明→暗で二打。

 反対が来た。『テンプレは杓子定規』『自由が消える』。咲那は写真を二枚出す。『自由→事故』『自由の前段=白→自由が長持ち』。白が太いほど、自由は増える。テンプレは白の配線図。配線図があると、自由は遠くで燃えない。近くで灯る。

 午後、疲労が出る。星芽の合図の高さが高に跳ね、翼の指が速すぎる。倖菜の眉が上がり、善裕が白板の“平均/現在”の境目に鉛筆線を一本足した。線を跨ぐと、足は二拍ぶん遅くなる。遅くなった二拍が、逆位相に乗る。星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。拍子は低く戻る。

 支援網のユナが外部スタッフを連れてきた。テンプレを読む訓練を五分だけ。『耳→足→目→笑い』の四語を、中低で。四語で足りる状況を増やす。増えた分だけ、テンプレは薄くなる。薄いテンプレは、写真に写らない薄さで運べる。

 監理官が最終の承認を担う。反対は多い。『時間がない』『紙が多い』『目に見えない』。倖菜は承認台で一行ずつ捺すだけ。「逆位相テンプレ承認」。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。承認が通ると、疲労の眉は落ちる。

 夕刻、逆位相レース。『その場しのぎ派』vs『テンプレ派』。しのぎは最初の五十メートルで優位を作り――角で詰まる。テンプレは角の前に半歩、角で一秒、後で十歩。のれんが屈折をほどき、リングが“戻りたくなる”を思い出させ、偏差の皿が中心へ寄せる。結果は五分差。拍手の代わりに、『鳴かない秒』が伸びた。

 夜の前夜儀式。テンプレを巻物にして、小さく丸め、家ルール表の下の余白に伏せる。写真に写らない薄さで。翼は“一日一背負い”に『先に止まる』を重ね、ことみはのれんの端を指一本だけ折って戻す。折り跡は残らない。残らない跡は、白を太くする。白が太いと、総力作戦は静かに始まる。

 片付け。伏せ札、ラベル、リング、拡散幕。順番は撤去十歩。順番が体に入ると、目を閉じてもできる。目を閉じてもできる作業は、夜で強い。

 分局に戻ると、掲示板の“平均/現在”の境目に、鉛筆線が六本目になった。六本は、章の終わりの印。章が終わると、次は総力。咲那は板帳に二行――『直列接続=壊れない』『承認=拍子の鍵』。倖菜は朱で『明日:総力作戦』と書き、丸を一つ。玲空のチャイムが遠くで一打。句読点が置かれたら、文章は休む。休んだら、また前へ進む。

 “逆位相テンプレ”の細目を詰める。耳:拾い音なしは7→5→7、裏拍は最少。足:前(半歩)→角(一秒)→後(十歩)。目:伏せ札は写真に写らない薄さ、のれんは中低、拡散幕は指一本折り。笑い:玲空は明→暗、星芽は○合図で中低。各項目の右に小さな丸。丸は『ここで止まれる』の印。

 翼は視線の配線をやり直す。派手さは否定しない。白を先に太らせる。太い白の上にだけ、派手を置く。置き方は温度低め。温度が低いと、派手は映える。映えるけれど、うるさくない。

 ことみは耳地図(潮位版)を重ねる。海図と耳地図の合成。落潮の時間帯に七秒の柱を立て、満ちへ向かうタイミングで五秒に落とす。逆位相は、潮の呼吸の反対。反対に合わせると、声は減る。声が減ると、白は増える。

 善裕は白板で“矢印の折り方”講座。直線が暴れるときは、折る。折った先に丸。曲がった矢印は、正しい。直線を救うのは、曲線。曲線は、逆位相の形。

 支援網のユナは、外部パンフにテンプレの図解を追加した。三つの絵だけ。『前半歩』『角一秒』『後十歩』。文字は少ない。少ないほど、遠くで効く。遠くで効く図は、世界規模でも使える。

 反対派の最後の矛は『時間がない』。倖菜は承認台で、秒・写真・一行の三点だけ掲げた。『今、長い説明をする時間がないからテンプレ』『白が太い=読める=速い』『撤去十歩で戻れる』。短い。短いから、通る。

 夕暮れ、港に月が立った。潮がわずかに下がり、風が高に寄る。星芽の指は中低で○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。二語の間に、一拍。逆位相の拍子が町に入る。入った拍子は、壊れない。

 “前夜チェック”を十歩で回す。①背負い席の名札②二本線の帯③のれんの高さ④拡散幕の角⑤リングの位置⑥耳地図(潮位版)⑦写真の貼り順⑧朱の句読点⑨撤去十歩の順⑩可視化パネルの余白。余白は、明日の判断の席。

 夜、咲那が巻物(テンプレ)をもう一度広げ、家ルール表の下で小さく丸め直す。丸め直す手は、温度低め。温度が低いほど、言葉は長持ちする。長持ちする言葉は、総力作戦の糊。

 最後に、玲空が低く一節。「さかさで まえと うしろを いれかえて」。拍子は5→7→5。歌は呼吸のメトロノーム。メトロノームがあると、疲労は言葉になる前に落ちる。落ちた疲労は、静けさに変わる。静けさは、明日の味方。
 “逆位相式”の試作は、紙の上よりも空気中のほうが従順だった。人の流れ、呼吸、足音、
 屋台の鍋から上がる湯気。そのすべてが、小さな遅延を孕んで連結する。式というより、
 合奏に近いのかもしれない。各自が自分の譜面(得意分野)を持ち寄り、同じテンポで刻む。

 咲那はホワイトボードの端に“//”を二本引いた。テンポ記号だ。ことみが指で拍を取り、
 善裕がケーブルの遊びを微調整する。星芽は目を閉じ、通りのざわめきからズレの谷を拾い上げる。
 「ここ」と言って指した空白は、数学ではなく体温で示される空白だった。そこへ式を差し込むと、
 露店の旗が一斉に遅れて、やがて追いつく。遅れて、追いつく――――この反復が“備え”の実感になる。
 実装表の余白に、咲那は小さく『休む式』と書き足した。歩幅を合わせるのと同じくらい、立ち止まる地点を前もって決めておく。休憩は弱さではなく、逆位相を安定させるための部品だ。
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