溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

 楽しく会話をしている中、ふと時計が目に入った。

 
 あ、やば。

 
「ごめんなさい。私、そろそろ戻りますね」
「えー、もう?まだ良いんじゃない?」
「次の会議の準備があるので…」

 ここに来てから、すでに30分以上経っている。明らかに、戻るのが遅くなってしまった。ここに来る前の時点で、すでに機嫌の悪さを滲ませていたのを思い出す。すでに手遅れのような気もするが、諦められない。今帰らないと、もっと遅くなる。

「あの、先輩」
「どうしたの?悪いんだけど、手短に、」

 振り返りながらエレベーターに向かって歩いていると、トンッと誰かにぶつかった。 急いでいるとはいえ、前方不注意にも程があった。
 ぶつかってしまった人に謝ろうと思い、顔を上げた所で固まってしまう。

 
 その相手は、個人執務室で仕事をしているはずの智弘だった。


「ぇ、」

「智弘様!?」

 私のことを見送ろうと一緒に来てくれていた人が、次々に声をあげる。ああ、幻覚ではなかったと。
 彼を見上げると、余所行きの爽やかな笑みを浮かべているのが分かった。あれ、怒ってない、のか?

「うちの秘書がなかなか帰ってこないものですから、休憩を兼ねて迎えに来たんです。何かトラブルがあってもいけませんし」

 ね?なんて言葉と共に見下ろされるが、明らかに圧がある。怒ってないなんて、勘違い甚だしかった。
 なんか最近、智弘が怒っているところをよく見る気がする。まあ、怒らせてるのは私なんだけど…。
 
 その圧を感じ取ったのか、先輩や同期が慌てて頭を下げた。
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