溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

「申し訳ありません!私たちが引き止めてしまったんです!」
「いやいや、謝らないでください。気軽にコミュニケーションを取れる空間であることを、僕は嬉しく思いますよ」

 私には分かる。笑顔を浮かべているものの、やはり怒っているのはひしひしと感じる。


 しかし、皆には分からなかったらしい。智弘の言葉に、素直にホッと息を吐いていた。

 たった1人を除いて。

「先輩」
「む、向井君…」
「俺、先輩のことを本当に尊敬しています。また、色々教えていただけると嬉しいです」

 向井君だけは私を見つめて、はっきりとそう言って来た。
 
 あのね、向井君。その気持ちは嬉しいんだけど、今のタイミングは完全に違うかな。私の手首を掴んだまま、殺気を出しているこの御曹司をどうすればいいよ。

「あー…うん。またの機会があればね」

 曖昧な答えのまま、何とか話にキリをつける。そして、そのまま智弘をエレベーターに押し込んだ。

 ボタンを押して扉が閉まってから、ようやく息を吐いたのだった。

「智弘、あのね、」

 未だに怖い顔をしている智弘。多分、あらぬ誤解をされた。この前の話と言い、全てのタイミングが悪かった。どこから訂正しようか。

「公私混同はお互いに嫌だろう?話は帰ってからにしよう」
「待っ、」

 ポーンという音と共に、別のフロアから人が乗ってきてしまった。その中で話を続けられるわけもなく、私は口を閉じるしかなかった。唇を噛んでしまうも、今だけは仕方ない。

 鉄の味が酷く不味かった。

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