溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 ≪ 視点 凛 ≫

「さて、」

 完全に寝た親友の頭を撫で、遠くから射抜くような視線を向け続けている男に手招きする。
 視線の割に、彼は気まずそうな顔をしている。一瞬戸惑った様子を見せたが、少しすればおずおずと席を移動してきた。

 向かいに座る彼に枝豆を勧める。しかし、1つ食べただけで、それ以上手をつける様子はない。食べ方のぎこちなさを見るに、居酒屋に慣れていないのだろう。それもそうか。

「何から聞きたい?」

 私の言葉に、彼の視線が一瞬揺れた。
 私は、回りくどいことが嫌いな性分。彼には悪いが、世間話から始める気はサラサラない。

「…美咲は、俺のことで泣いたのか?」
「うん。100%あんたのこと」
「そうか」

 わずかに上がった口角。よく見ないと分からないほどの違いだが、それでも確かに上がった。
 素直な感想として、意外だった。

「…そんなに重かったっけ」
「出してなかっただけだ。中は大して変わってない」
「あははっ、なるほど。天下の御曹司様も、好きな子の前では繕うってわけね」

 私の言葉に、智弘は顔を顰める。あえて怒らせるような言い回しをしたとはいえ、こんな簡単に挑発に乗るとは思わなかった。これも意外だった。

「…何が言いたい」
「単刀直入に言うね」


「美咲の言葉から逃げないで」


 その言葉に、智弘は肩を跳ねさせた。そして心当たりがあるのか、目を伏せてしまった。

 しばらくの間の後、呻くように問うてきた。

「………聞いたのか?」
「何も聞いてないよ。でも、その顔は何かあったんでしょ」

 最初こそ黙っていたが、長くため息を吐いてから小さく頷く智弘。まるで親に怒られている子どものようだ。

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