溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

 イルカショーは、それはもう楽しかった。

 正直楽しめるか不安だったが、そんな心配は微塵も必要なかった。最初にイルカが入ってくるところからフィナーレまで、瞬きを忘れてしまうほどの洗練された動き。20分のショーはあっという間だった。

 それは智弘も同じだったらしく、隣でキラキラと目を輝かせていた。その表情に、無意識のうちに安堵の息を吐いていた。

(良かった。智弘も楽しんでくれてる)

 水族館に来たいと言い出したのは私であるため、多少の心配はしていた。彼の知っている娯楽とは程遠い場所。彼の好みの傾向は知っているとはいえ、こうして目に見えて喜ばれると提案した甲斐がある。

「いやー!圧巻だったな!!」

 興奮冷めやらぬ様子で感動している智弘に、私も頷く。その言葉には同意しかない。

「本当にすごかったね」

 ショーが終わってから、私たちは大型の水槽の真ん前に足を運んだ。そこには、つい先ほどまで素晴らしいパフォーマンスをしてくれていたイルカが優雅に泳いでいた。

「こうしてみると随分大きいな」

 智弘が興味深そうに顔を近づけると、水槽の中からも見えているのか、イルカが近づいてきた。
 それから、智弘の手の動きに合わせてコテンコテンと首を傾げる。

「ははっ、愛らしいな。イルカが人気を集める理由がよく分かる」

 古い言い回しだが、素直な言葉。時折出る智弘のこの口調は、お父様譲りらしい。水族館という場所だからか、妙なミスマッチを起こしている。
 パーティーなどの場ではそんなに違和感ないことを思い出すと、やはり暮らしてきた世界の違いなのだろうか。

「智弘、ちょっとお手洗いに行ってくるね。ここで待っててくれる?」
「ああ、分かった」

 幸い、イルカの水槽の近くにはベンチがある。休みたければ座っていてくれるだろう、と考えてその場を離れた。
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