溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 お手洗いを出ると、誰かの話し声が聞こえた。何気なく声のする方を見ると、智弘と先ほどの女子2人が話している様子が見えてしまった。
 やましくもないのに、咄嗟に角に隠れてしまう。

(いやいや…何で私が隠れてるのよ)

 隠れてからそんなことを思うが、足は一切動かない。まるで隠れることが正解かのようだ。
 物陰から様子を見ているも、女子2人が引く様子は見られない。このまま隠れ続けるわけにもいかないだろう。

(…でも端から見たら、智弘と私もあんな風に見えてるのかな)

 洗練された立ち姿と所作を持つ智弘は、やはり目立つ。女子たちが彼に惹かれるのは当然だ。そして、そんな彼の隣にいることの多い自分は、周囲からどう映っているのだろう。

 不安な気持ちが渦巻く中、会話の内容は聞き取れないものの、女子2人の表情は明るい。内の1人は、明らかに智弘に好意をもっている様子だ。

(わざわざあの輪の中に入っていく必要はない。2人が立ち去るまで待っていよう)
 
 そう思った時、智弘がふと顔を上げた。その視線が、隠れている私のいる角へ向けられる。

「あ…」

 私は反射的に息を呑んだ。智弘が私に気づいたようだ。
 彼は女子たちに何かを伝えると、そのまま静かに彼女たちへ背を向けた。女子たちは不満そうな表情を浮かべたが、智弘は気に留めず、私の元へとまっすぐ歩いてくる。
< 33 / 54 >

この作品をシェア

pagetop