溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
「美咲」

 自然な笑顔を浮かべる智弘に、私は何も言えなかった。ただ、その顔を凝視することしかできない。
 彼の背後から、女子たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。

「ほら、やっぱりさっきの人だよ。もうやめなって」
「でも、」

 私が女子の方を見ると、案の定、1人の女子が露骨に不満げな表情でこちらを見ていた。その目線は「あんな地味な女のどこがいいんだ」と雄弁に語っている。
 私は居たたまれなくなり、視線から逃げるように俯くしかない。

「どうした?」

 智弘は私の顔を覗き込み、優しく尋ねる。それでも、言う気にはなれない。

「…ううん。なんでもない」

 そう答える私の手に、智弘の温かい手が重ねられた。そして、そのまま女子たちに見せつけるように、私を抱き寄せる。

「俺に不満があるなら聞くぞ?」

 智弘の低く落ち着いた声が、私の耳元で響く。その声につい言葉が出かけるも、慌てて呑み込んだ。

「いや…本当に、大丈夫だから」

 私は首を横に振るが、智弘は煮え切らない様子。チラリと女子たちの方に視線を送ったかと思えば、再び私に集中した。

「美咲は、俺が選んだ人だ。誰に何を言われようと、俺の隣は美咲以外ありえない」

 堂々たる愛の告白。外でなんて大胆なことをしてくれたんだ。
 しかし後悔は絶大だったらしい。私の顔が熱くなると同時に、女子たちはその言葉を聞いて、諦めたように立ち去った。

 その様子を見て、満足そうに笑った智弘。ようやく体を離したかと思ったが、手は繋いだまま。絡めた指に力を込められる。

「さぁ、続きを見に行こう」

 智弘の笑顔は、いつもと変わらない。

(智弘は…私を守ってくれた。でも、あの人たちの目には、私が不釣り合いな存在に見えたんだろうな)

 智弘の強い愛と、それだけでは収まらない世間からの評価。
 その2つの間で、私の心は複雑に揺れていた。
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