溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 咄嗟の指摘に、誤魔化しようがなくなってしまう。笑顔が引き攣って、何も繕えない。

「え、っと」

 彼を見上げていられなくなり、下を向いてしまう。意味もなく、指を組んでは解くのを繰り返す。焦れば焦るほど、言葉は声になってくれない。
 そんな私の様子に、智弘は何かを察したに違いない。

「美咲、ゆっくりでいいから話せる範囲で話してくれないか?」
 
 気づけばソファーに誘導され、一緒に座っていた。私の手は、いつの間にか視認できるほど震えている。どうやって伝えても彼の神経を逆撫でする。それが分かっているから、怖くて仕方ない。

「大丈夫だ」
「ともひろ、」
「…美咲がそんなにも躊躇する内容、という段階で何となく察している。でも、その上で教えて欲しいんだ」
 
 智弘は、困ったように笑いながら私の手を取った。いつの間にか力が入っていたらしく、手の平には爪の後が残っていた。それを癒すように、優しく撫でられる。

(もう、言うしかないよね)

 私は覚悟を決め、ゆっくり話し始めた。
 
「……後輩の向井君から、1回だけデートして欲しいって言われたの」
「ほぉ」

 言葉を選び、震えそうになる声を何とか抑えながら、起こったことを正直に伝える。智弘も、相槌を打ちながら最後まで話を聞いてくれている。

「何回も断ったんだけど、せめて一度は持ち帰ってほしいと言われて…。多分、メッセージも送られてきてる。でも、怖くてまだ見れてない」

 テーブルを振り返ってスマホを見る。先ほどの通知はきっとこの件の連絡だろう。
 智弘は無言で立ち上がると、スマホを取ってきてくれた。そして、手渡される。真剣な目でこちらを見つめるも、その奥には心配の色が滲んでいた。

「…一緒に見てくれない?」
「ああ、もちろん」

 震える指先で操作をしてメッセージアプリを開けば、そこには今日のお礼とデートの件が書かれていた。
 智弘にも見えるように表示すれば、彼は無言でそれを読んだ。

 読み終えた智弘は、しばらく黙り込んだ。その沈黙は激しい怒りを内包しているようで、正直隣で息をするのも苦しい。何て言われるのだろうか。その恐怖で、座っているのも精一杯だった。
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