溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

似た者同士の相違点

 智弘に全てを話した日から、2週間後。
 繁忙期を無事に超えた私は、駅前の有名な待ち合わせ場所に立っていた。

 休日ということもあって、人の往来が激しい。誰もが楽し気に笑う中、私は対照的に深く息を吐いた。そして時間を確認した時、
 
「先輩!」

 待ち合わせをしていた相手__向井君が元気に駆け寄って来た。
 いつものスーツ姿ではなく、清潔感のあるカジュアルな服装で現れた彼は、爽やかな笑顔を浮かべている。すこぶる明るく魅力的な様子に、チラチラと視線を送る人も見られた。通りすがりの人の視線を集めてしまう程、今の彼は魅力に溢れている。しかし当の本人は視線に気づく様子もなく、ただただ私に笑顔を向けている。

「すみません、先輩を待たせてしまうなんて……不覚です」
「ううん、気にしないで。私も今着いたところだよ」

 集合時間前に集まったんだし、そんなに深く気にしないで欲しい。そう伝えるも、彼は申し訳なさそうに眉を下げてしまった。しかし、すぐにパッと笑顔を浮かべる。コロコロ表情が変わるな~、なんて思っていると、彼は改めて私に向き直った。

「今日は、お時間をいただきありがとうございます。1日だけで本当に十分ですから。けじめ、つけます」

 真剣な視線に、丁寧な言葉。それがどうにも重たい。向井君がどれだけ頑張ろうと、今日の終わりに伝える内容は決して変わることはない。それを彼だって分かっているはずなのに、…。
 でも、ここまで来て雑に接するのは人としてどうかと思う。だから、私も笑顔で対応した。

「うん、よろしくね。でも、約束は覚えてるよね?」
「はい、勿論です。…約束します」

 向井君はそう言いつつ、ほんの少しだけ寂しそうに頷いた。

 彼とのデートを承諾する上で、1つだけ約束を設けた。
 それは『許可なく私に触れないこと』。私の危険回避の意と智弘の譲れない願いが偶然にも一致したものだったが、向井君は2つ返事で了承してくれた。そのことを再確認してみたが、彼はしっかり覚えてくれていたようだ。その事実に安堵した。

「俺は、先輩とデートできるだけでも嬉しいので」

 その言葉に、『デートという呼び方すら気に入らない』と愚痴っていた智弘を思い出す。あの不機嫌極まりない顔は、なかなか見られるものではない。嫉妬はよく見るが、あそこまで表情は初めて見たレベルだと思う。
 
「ふふっ」
「? 先輩?」
「ううん、気にしないで。ちょっと思い出し笑いしただけ」

 不思議そうな顔をしている向井君には、首を振るだけに留めておいた。
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