溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 次に訪れたのは、動物園だった。規模は小さいが、ふれあいコーナーも充実している園。家族連れも勿論いるが、カップルも多く見られる。気候もちょうどいいからか、沢山の人で賑わっていた。

「先輩、見てください!あのカンガルー、めっちゃ速いですよ!」
「あはは、本当だ。元気だね~」

 笑い合い、何気ない日常の話題で盛り上がる。智弘とのデートとは違う感覚。
 言ってしまえば、庶民的。でも、自分の等身大に合ったものであるように感じた。居酒屋で行われた同窓会で、枝豆を食べた時のことを思い出す。あの時に感じた安心感と似たものを、今の状況から感じざる負えない。

「先輩」
「ん?どうしたの?」
「……いや、何でもないです」

 向井君は、一瞬黙ってから再びカンガルーに視線を向けた。明らかに何かを呑み込んだ素振りだったが、私も追及せずに彼から視線を外した。

 分かっている。今の自分の行動は、決して許されるものではない特例のもの。智弘が許可してくれたから許されているが、世間一般から見れば浮気だ。
 でも、こうしないと全員が前に進めない。正しい意味で、あるべき道を進むため。

(向井君だけじゃない。私だってけじめをつけるために、今日は覚悟を決めてきた)

 腕時計を確認して、そっと息を吐く。

(それでも、今この時は楽しまないと向井君に失礼だよね)

 彼だって、今日のために真剣にプラン立ててくれたはずだ。

「向井君」
「…何ですか?」
「折角ならさ、キリンとかも観に行きたいんだけど、どうかな?」

 私から意見を言われることはないと思っていたのか、向井君は驚いたような表情をした。そして、ふにゃりと笑った。その表情が、一瞬泣いているようにも見えてしまい、今度は私が驚く番だった。

「向井く、」
「…先輩って、ズルいですよね」

 その言葉は私を非難するようにも、自虐にも聞こえた。

「キリンはあっちですね。行きましょうか」

 その言葉の真意を聞けないまま、彼は歩き出した。
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