溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 その後、不穏な空気は嘘の様に消え去り、私たちは動物園を満喫した。
 閉園間際まで楽しんだ夕方、私たちは大きな公園に移動していた。ここもまた、デートスポットとして有名な公園だった。茜色に染まる空を見上げながら、静かにベンチに腰を下ろしている。
 どちらも何も言わない。でも、何か言いたげな空気は感じ取っていたため、私はただただ彼の言葉を待っていた。

「楽しかったです、先輩。今日1日、本当にありがとうございました」

 しばらくして、向井くんはそう言った。彼自身の口から、その言葉を聞けて良かった。そんな安堵が私の心を占めていた。

「こちらこそありがとう。楽しかったよ」

 笑顔で、せめてもの感謝を伝える。何も返せないけれど、ここはしっかり線引きをしないといけない。

「…あのさ、」

 いよいよ、真っ向から向井君のことを振ろうとした時、

「待ってください」

 彼は、私の言葉の先を察したのだろう。有無を言わせぬ制止の声を張った。
 
「向井くん…?」

 彼の目は昼間の明るさとは違い、切なさと決意が混ざった複雑な感情を宿していた。その目に何となく嫌な予感がする。第六感が『逃げろ』と必死に知らせてくる。
 それでも、足は思ったように動いてくれない。何とか立ち上がるも、それ以上は動かなかった。
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