溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
「……俺じゃ、ダメな理由は何ですか。俺が、櫻谷様みたいにお金を持っていないから?大企業の御曹司じゃないから?」
彼は、自嘲するように笑う。彼の取り乱しようを見ているからか、私の頭は酷く冷静だった。
「ううん。違うよ」
迷いなく首を横に振る。
私が智弘を好きな理由は、金でも、地位でも、ましてや容姿でもない。
「確かに、智弘は全てを持っているわ。地位も、家柄も、容姿も。しかも、頭が良くて気遣いまでできるんだから、まさに非の打ち所がない。本当に、この世の中の全てを手に入れているような人よ」
言葉にすればするほど、完璧な人であると再確認させられる。
それでも、確かな彼の弱みが1つあった。
「でもね、全て持ってるくせに私じゃないと駄目な所。そこが、どうしようもなく愛おしいんだよね」
向井くんは理解できない、という顔で私を見つめた。その顔が分かりやすすぎて、思わず笑ってしまった。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。智弘は、私のことを秘書としてだけじゃなく、人間としても必要としてくれている。…それも、大人げなく周りに牽制しちゃうぐらいにね」
あれだけ全てを得ている人が、他でもない自分を欲してくれている。そのために、必死になってくれている。少し落ち着いてみれば、それは重くて愛おしい愛の塊だった。
そんなことに今更気づくと共に、それが私の『惚れた弱み』だということにも気がついた。
水族館の日、智弘は『俺は、どうすれば美咲に愛を受け取ってもらえるんだ』と迷いなく言った。それが、どうしようもなく私の心を揺さぶった。愛おしくて、もう一度この人と向き合いたいと思わせてくれた言葉。
それが、今の私を確固たるものにしてくれる。