溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
「智弘が何も持っていなかったとしても、私は間違いなく智弘のことを好きになったよ」
家柄に囚われていたのも、世間の目を気にしていたのも、全て私だった。
智弘のためと言いながら、結局保身に走っていたのは自分だったのだ。
だから、『別れよう』なんて言ってしまった。
もやもやとした気持ちに苦しみ、限界を迎えて吐露した言葉。今振り返ると、何を怖がっていたのだと思うほど。それでも、気づくまでに随分かかってしまった。
彼は12年前から、両手を広げて待ってくれていたというのに。
その胸に飛び込まないどころか、見て見ぬふりをし続けていたのは、他でもない自分だ。
向井君は、理解できないと言うように大きく頭を振った。
「俺だって、先輩じゃないと駄目なんです!先輩のことを愛したいし、先輩に愛されたい。……お金も地位も関係ないっていうのなら、俺と櫻谷様の何が違うんですか!!!」
(ああ、そっか。智弘と向井君は似てるんだ。だから今日に至るまで、向井君のことを無視できなかったんだ)
残酷にも、今この時に2人が似ていることを、他でもない向井君の言葉で理解してしまった。そんなことを自覚した所で、彼の望む答えを返せないのに。
「確かに2人は似てると思う。……でもね、向井君。智弘と向井君は、決定的に違う所があるの」
「は…?」
すとんと感情が抜け落ちた表情。漏れ出た言葉と景色のミスマッチに悪寒が走る。
「そんなの、、そんなの信じません!!!!!」
自暴自棄になった向井君が私に手を伸ばし、その手が私の腕に触れた瞬間のこと、
「想い人との約束を無下にするなんて、紳士の行いとしては下の下だな」
低く唸るような声が聞こえた。