溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
「これでもまだ他責行為を続けるか?」

 智弘の言葉は、彼の胸を深く貫いた。それでも、やはり向井君は言い返せない。なぜなら、全て正論だから。

 私は智弘の袖を引いた。彼は驚いたように私を見下ろすが、小さく頷くと何をしたいのか察してくれたらしく、半歩下がってくれた。その代わりに、私が1歩進み出た。
 すっかり下を向いてしまった向井君に、私なりの言葉をかける。ここではっきり言っておかないと、彼だって前に進めない。

「向井君」
「……」
「ありがとうね。私のことを好きになってくれて」

 彼はゆるゆると顔を上げた。泣きそうな、迷子の子どもの様な顔だと思った。それほどまでに不安定な表情。そんな表情をさせてしまっている元凶であることを、この期に及んで心苦しく思ってしまう。

「でもね、きっと何回告白されても、何年想われても、私は向井君の気持ちには答えられないの。向井君が私のことを好きでいてくれるように、私は智弘のことを好きなの。……本当にごめんなさい」

 はっきりと自分の言葉で。
 最初から伝えたかったことを、今はっきりと伝えることができた。

 瞳を潤ませた向井君は、小さく小さく呟いた。

「ほんと、ズルいっすわ」

 彼は、泣き笑いのような表情だった。
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