溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

　でもそれも、ほんの一瞬のこと。彼は息を吐くと、智弘のことを見据えた。

「櫻谷さん。先輩のことを不幸にしたら、すぐに奪いに行きますからね」

　様付けではない、個人的な宣戦布告。
　それに気づいた智弘は、ふはっ、と笑った。

「ああ、改めて美咲のことを幸せにすると誓おう。…ただ、君が不幸な道に進むことで美咲を泣かせないでくれよ？その涙は俺では拭えないからな」

　智弘の言葉に、向井君はピクリと反応した。そして、気まずそうに顔を顰めた。

「……よくもまあ、勘の良いことで」
「ははっ、これでも様々な修羅場を超えてきたものでな。嫌でも目が肥えたんだ」

　その言葉に、向井君はようやく笑った。少年のような素の笑みに、繕っていない彼を久々に見た気がした。
　きっと、私にいい顔をしようと、彼もまたずっと気を張っていたのだと思う。

「……じゃあ、先輩のことは連れて帰っちゃってください。俺は、もう少しここに居ます」

　このまま私たちがここに居続けることは望ましくない。それを察した私たちは、静かにその場を後にした。

　沈みかける夕日を眺める彼は、どこか儚げな印象を抱かせた。