溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

深くて重いだけではない

 家に入って鍵を閉めた途端、智弘は耐えかねたように腕を回してきた。後ろから抱きしめられては表情が見えないが、腕に込められた力の強さが彼の想いを物語っている。

「おかえり」

 家に帰っての第一声。
 全く予想外だった言葉は温かく、今まさに欲していた甘さを滲ませていた。

「ただ、いま」

 腕に回された腕に手を重ねる。誰も踏み入ることのできない平穏な愛の巣。その安心感に、今更ながら息を吐くことができた。
 そこでようやく、自分の体が震えていることに気がついた。

「智弘、わたし、」
「無理して何か言わなくていい。…よく頑張ったな」

 あまりにも優しいその言葉。その言葉に、堪えきれずしゃくり上げてしまう。

 本当は怖かった。
 智弘に見限られてしまうのではないかと思い、その恐怖でうなされた夜も少なくない。

 きっと、彼だってそのことに気づいていたはず。それでも、この件に関して手を出されることを私が望んでいないと理解してくれていたから、彼だって今日まで耐えてくれたのだ。

「ありがとう…本当に、待っててくれて、ありがとう…」

 声までもが、みっともなく震えてしまう。
 智弘は腕を解くと、私の輪郭をなぞるように頬に両手を添えた。そして、親指で涙を拭われる。

「言っただろう。俺は、美咲のことを信じていた」

 優しく笑った智弘も安堵したのか、眉尻を下げている。そして、存在を確かめるかのように再び、今度は正面から抱きしめられた。

 私も彼の背に腕を回す。大きくて、広くて、そして慣れ親しんだ背中。

 その安心感に、再び涙が溢れた。
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