溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
パタリと閉じられた扉と、静まり返るリビング。無音が怖くて、得体も知れぬ恐怖に襲われる。

(え、あれ、、こんなに静かだったっけ、)

 先ほどまでふわふわしていた思考は、逆に鮮明になっていくばかり。それでも上手く回らないのか、風邪でも引いた時のような感覚に陥る。不安と孤独感。口は、開いては閉じるを繰り返すばかり。

「まって、」

 引くつく喉を無理矢理動かすも、震えた息が漏れる。辛うじて言葉になっても、誰にも届かないほどか細いものだ。耐えかねてソファーを立ち上がろうとしたその時、

「どうした?」

 ソファーの背凭れ越しに、大きな手が私の手を絡め取った。どうやら無意識に手を伸ばしていたらしい。
 は…は…、と短く息が切れている私を見て、智弘は目を瞬いた。それから、壊れ物を扱うかのように頬を撫でられる。
 
「俺はここにいるぞ」
「ともひろ、」
「ああ、美咲のことが大好きな智弘だ。ここには、怖いものは何もないだろう?」

 子供をあやす様な言い方。でも、今の私には分かりやすい表現だった。小さく頷くと、彼は静かに私の隣に腰を下ろした。

「よく頑張ったな」

 改めて贈られた言葉に、今度は必死に首を振った。それは違うと否定すると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「頑張ってくれたのは、智弘だよ。私は智弘のことを沢山傷つけて、ずっと、傷つけて…」

 ボロボロと涙が溢れてくる。化粧が崩れるのなんて気にしていられない程、今は感情の制御が難しかった。私の涙を拭いながらも、智弘は何のことか分かっていない様子だった。

「12年前から今まで…今日だって、向井君と出かけるのだって、本来は許されないこと。ちゃんとした理由があったとしても、智弘のことを傷つける行為なのに、、本当にごめんなさい」

 しばらくの間の後、智弘がゆっくりと口を開いた。
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