溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
 時間が経てば経つほど焦る。先ほどのような混乱が再び襲ってきたところで、智弘が私の肩に顎を乗せてきた。その重さに虚を突かれていると、スリッと猫のように頭を擦り寄せてくる。

「今日、全てを解決する必要はないだろう」

 驚いて智弘を見ると、ゆっくりと目を開けた彼は私の顔を見つめた。その瞳には、深い慈愛の色が湛えられている。

「美咲が軽い考えで動いていないことは分かっている。だから、また落ち着いた時に話してくれればいい」

 私の体調を気遣ってか、落ち着いた様子で宥められる。その優しさに感謝しながらも、やはり胸につかえるものがある。
 でも、もうずっと待たせてしまっているんだから。けじめをつけると決めた今日に、どうしても伝えたい。

「ありがとう。…でも、やっぱり今日言わせて」

 首に回された腕と大きな胸板。全身で智弘のことを感じながら、ようやく覚悟を決めた。

「顔を見ながらだと言葉に詰まっちゃうと思うから、…ずるいけどこのままでもいい?」
「ああ」

 そんな前置きをして、

「『別れよう』って言って、本当にごめんなさい」

 ずっと撤回できていなかった言葉への謝罪をした。

「今更だと思われるかもしれないけれど、ずっと心残りだったの。もう、あんなこと言わないから。だから、どうかもう一度だけやり直して、くれませんか」

 ポチャン

 再び浴室には水の滴る音が響く。その静けさが怖いと思った時、

「は~~~~~」

 智弘が長く息を吐いた。そして先ほどとは違い、ぐりぐりと頭を擦りつけられる。
 何事かと思っていると、何とも言えない瞳を視線が交わった。
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