溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い
「……仮にそうだとしても、好きだった人には変わりありません。一度でも愛した人に幸せになってほしいと願うのは、罪なことですか」

 不安げに揺れる瞳には、複雑な感情が浮かんでいた。自己嫌悪なのか、純粋な祈りなのか。それは向井自身にも分かっていない。
 そんな向井に、智弘は声をかけた。

「いや、そんなことはないと思う。きっと、俺だって同じことを思うだろう」

 顔を上げた向井に、智弘は困ったように眉を下げた。それは、部下を労う上司の顔でもあり、1人の女性を共に愛した男としての連帯感でもあった。

「俺は美咲以外に好意を寄せたことが無いから分からないが、きっと君と同じこと思うだろう。…どうやら、性格も似ているようだしな」
「…なんで、そんなに優しいんですか」

 その言葉は、どこか諦めの色を含んでいた。

「いっそのこと、俺を嫌ってくれればいいのに」
「悪いな。君があまりにも良い人だから、嫌う要素が見つけられないんだ」
「ははっ、俺には勿体ない言葉ですね」

 そんな会話の中、コンコンコンと控えめだが規律正しいノックが響いた。扉から顔をのぞかせたのは、この式場のスタッフだ。

「智弘様。そろそろ式が始まりますので、準備をお願いいたします」
「分かりました、ありがとうございます」

 それだけ言うと、再び出て行くスタッフ。向井もまた、自身の役割を終えたかのように扉へと歩き出した。そして、ドアノブに手をかけ、
 

「智弘さん、ご結婚おめでとうございます」


 1人の男として、美咲にではなく智弘に向けて祝福の言葉を残し、部屋を後にしたのだった。
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